イノセンスに守られたリナリーが船に戻ってきた時のこと。
シェルはひどい頭の痛みに悩まされていた。イノセンスの気に当てられているのだ。

「シェル、大丈夫か?」
「はい・・・なんとか」

冬輝が心配そうな様子でたずねてくる。
シェルは弱々しい笑顔でうなずき返した。そしてリナリーを運んできたアクマに目を向ける。

「・・・・・・・改造アクマ?」
「そうだっちょ」
「・・・・・・・・お前、冬乃が言ってたクロスの使者か・・・」
「オイラはクロス・マリアンに改造されたアクマだっちょ!総元帥が証言してくれるっちょっ!お前らも知ってるはずだっちょ!」
「んな話信じられるか!てめぇ、リナリーのイノセンスを奪いにきたんだろう!!」
「ラビ、気持ちはわかるが落ち着け。とりあえず本物だ」
「冬輝、何でそんなこと言えるんさ!」

冬輝の肩口からティムキャンピーが飛び出してきて、アクマの頭にのった。ラビの目が丸くなる。

「ティムがつけば、問題ない。主のにおいでもすんだろ」
「ンな話信じられっか!」
「んじゃこれは特別情報だ。クロス・マリアンはアクマの改造が出来る唯一の人間。こればかりは冬乃でもできなくてな。ちなみにこの情報、ブックマンと俺たち二人、冬乃、ミシェルしか知らないことだ」

冬輝が溜息をつきながら言った。ラビ以下の全員が唖然とする。

「マジかよ・・・・・」
「うわっ、あの人って本当何者?!」
「で、お前何か伝言預かってんだろ」
「ちょ。っとその前にそろそろだっちょ」
「何が?」

ブゥ・・ンと音がした。シェルがハッとして中空を見た。

「空間がねじれてます・・・・・これは・・・・・・・兄様の時空渡り・・・・・・?」

「うぉっ!」「きゃっ!」

何もないところからいきなり二人の人間が落ちてきた。
ドサッドサッと派手に落ちた二人は頭をさすりながら、立ち上がった。その姿を見たラビたちが唖然とする。

「冬乃!!」「ミシェル元帥?!」
「いたぁ〜もう少し上手く着地できないの?」
「すみません・・・・時空渡りは苦手なもので・・・・・」
「兄様!」「冬乃!」
「あ〜やっほぉ〜」

冬乃は疲れた笑みを見せながら近寄ってきた。そしてアクマを見ると笑顔になった。

「よくきてくれたわね。ありがとう、はい、伝言は?」
「ちょvvマリアンは死んでない。日本に上陸して任務を遂行しようと江戸に向かっている」
「元帥はまだ江戸じゃないんさ?」
「近くまで来てる。でも近寄れない」
「・・・・・・・・江戸に何があるンさ?」

アクマが冬乃をむいた。それで全員分の視線が冬乃にむかう。

「大きな"箱"があるの・・・・・・・アクマの魔導式ボディ生成工場プラント。私がクロスに命じたのはそれの破壊よ」
「"箱"・・・?」

冬乃は面倒そうに言った。

「それを破壊すれば新しいアクマが増えることはないわ。でも最後のクロスの通信からはちょっとありえないでしょ、って感じの報告があってね・・・とりあえず私は冬輝にイノセンスを渡しに来たわけ」
「ありえない報告?」
「江戸中枢はレベル3以上の高位アクマの巣。生きて出られる確率は非常に低いって」

ラビたちは愕然とした。

「・・・・・・リナリーのイノセンスが"ハート"なのかしら」

冬乃はリナリーを守るイノセンスを見た。

「・・・・・・この先は何人死ぬかわからない。そして・・・・何人が生き残って戻ってくるかも」

冬乃は厳しい目をしてエクソシストたちを見た。

「私はあなたたちを信じてる。全員が戻ってくるってことを」
「・・・・・・」
「冬輝、これ」

冬乃は自分の腕にはめていた銀の腕輪を冬輝にむかって投げた。

「持っていきなさい。あなたには必要になる」
「悪い・・・・・」
「そのかわり、皆を守りなさい」
「了解」
「ラビ、ブックマン、ミランダ、クロウリー」
「はい」
「あなたたちは全力で戦って、必ず生きて戻りなさい。死んだりしたら許さないわよ」
「わかってるさ」

エクソシストたちは真剣な顔でうなずいた。冬乃は満足そうにうなずいて、そして自分達を見る船員やアニタたちのほうへ歩み寄った。冬乃は優しくアニタの手を取った。

「アニタ・・・・・クロスは生きてる」
「・・・よか・・・・った」
「ったく、あいつは一体何人の女を泣かせてるのよ。もう一度会ったらただじゃおかないわ」
「・・・・・・ですね」
「・・・・・・・・・・」

冬乃とアニタから離れているエクソシストたちには二人が何を話しているのかはわからない。
しかし冬輝とシェルは何を言っているのか、既に理解しているようで辛そうな顔をしていた。
ラビたちはキョトンとする。

「冬輝?」
「・・・・これまでに何人の人間が犠牲になったんだろうな・・・・・・・仲間の中では"聖戦"だって言うやつもいる。神の為に戦って死ぬんだって誇らしげに言って逝ったやつもいた・・・・・でも結局は死ねば皆同じになっちまう。二度と愛する者達のもとに戻れず、ただ忘れられていくだけになるのに」

何人もの人間が己の信じた道のために死んでいった。いくつもの魂がアクマとなった。
愛していたから。信じていたから。守りたいから。失いたくないから。
だから彼らは戦って、そして散って行った。

「なんだかなぁ・・・・・・」
「冬輝・・・・・」
「ん?」

冬輝が振り向くと冬乃がその首に抱きついてきた。冬輝の顔が真っ赤になる。

「必ず・・・・・必ず戻ってきて・・・・・」
「・・冬乃・・・・」
「あなたがいなきゃやっぱりだめ・・・・・ミシェルがいてくれても私の胸の穴は埋まらない」
「お前・・・・それミシェルが聞いたら間違いなく落ち込む言葉だぜ?」
「だめ・・・・・あなたじゃなきゃだめ・・・・・・」

冬輝はそっと笑んで冬乃を抱きしめた。美しい黒髪からは甘い香りがしてくる。

「わかった。必ず戻る。お前の・・・・・体を抱くために・・・・」
「・・・・・・・・・・・いやらしいわ、その言葉」
「ほんとは抱いて欲しいくせして何を言うか」

冬輝はうりゃ、と冬乃の額にでこぴんした。冬乃が目をつぶった瞬間にその唇を奪い去る。
ラビがショックを受けて石化した。

「あなたを待ってるから」
「おう」

冬乃は小さく微笑むとミシェルとともにまた姿を消した。その直後が甲板に姿を見せることとなる。

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