「冬乃様・・・・?」
ミシェルは暗闇の中に主の姿を見つけた。
これは夢だ。わかってはいるが、妙な現実感を伴っていた。
「冬乃様・・・・」
先程よりも大きな声で名前を呼ぶ。しかし彼女は振り返りはしない。どんどん先に進んでいく。
ミシェルは追いかけようとした。足は動いているのに、中々追いつかない。それどころか走れば走るほど置いていかれる気がしていた。
「冬乃様・・・・おいて行かないで下さいっ!」
「ミシェル・・・・・来てはだめ・・・・・あなたはだめ」
「何故ですか?!」
「あなたに私と同じ辛さを味合わせたくないから・・・・・」
「僕はあなたとなら辛い事だって我慢できますっ!」
冬乃はそれっきり何も言わない。暗闇の中へ歩いていく。
「冬乃様っっ!」
ミシェルはそう叫んで目を開けた。白い天井が見えた。体を起こして周りを見回す。かなり広い部屋だ。
家具といえば、机と椅子、それから本棚がいくつか、今ミシェルが寝ているソファがある。あとは寝室へ繋がるドアがあるくらいだ。
ミシェルは冬乃の姿を見つけた。団服を着て、髪を結い上げて・・・本棚の前で熱心に何かを読んでいる。
「冬乃様・・・・」
「ミシェル、どうしたの?かなりうなされていたわよ」
「いえ・・・・・・」
冬乃はいつもと変わりない笑みでミシェルを見た。ミシェルはその笑みが大好きだった。
初めて会ったのは、自分が10歳にも満たないとき。あのときから冬乃の姿は一切変わってない。俄然美しいままだった。
ミシェルは自分がソファに寝ていることに気がつくとひどく慌てた。
「なんでそんなに慌てるの」
「だ、だって冬乃様は寝ていらっしゃらないのに、僕だけがなんてとても・・・・・・」
「いいのよ。私は大丈夫だから」
「・・・・・・・」
ミシェルは冬乃の後ろに立った。
そっと腕を冬乃の体に回す。冬乃が肩越しにミシェルを振り返った。
「どうしたの?本当、大丈夫?」
「ちょっとだけ・・・・このままあなたを感じさせてください」
「甘えん坊」
冬乃は小さく笑った。ミシェルは顔を赤く染め上げる。
「ミシェル、なにもずっと私のそばにいなくてもいいのよ?」
「・・・・・・僕がいたいからいるんです」
「でもねぇ・・・・・」
「迷惑ですか?」
「・・・・・・・・ううん、迷惑どころかすごい嬉しい。姿の変わらない私を恐れずにこうやってそばにいてくれるんだから」
「恐れるなんて・・・・・僕は冬乃様の姿が・・・・・その、神々しいまでに美しくってその・・・・・えと」
「・・・・・・・・」
冬乃は優しい眼差しでミシェルを見つめていた。
そして物柔らかに微笑むとミシェルの頬を両手で包み込む。
「ミシェル・・・・・・私はこの戦いが終わったら死ぬわ」
「そっそんな!」
「それが運命。私たち"裁定者"の・・・・・・"破壊者"に殺されるのか、それとも自分でなのか、はたまた第三者になのか・・・・・・わからない。でも死ぬことだけははっきりしてるわ」
「そんなことを言わないで下さい・・・・・・・お願いですから」
「ミシェル、あなたは私から離れなさい。いつまでも甘えないで」
冬乃の口調は表情とは裏腹に厳しいものだった。
「・・・・・・・」
ミシェルは何も言わずに冬乃から離れると部屋を出て行った。
冬乃は目を床に落とす。辛かった。本当はずっと一緒にいて欲しいのだ。
はぁっと溜息をつくのと同時にゴーレムが羽を震わせる。通信が来たのだ。
「はい?」
"あっ冬乃。おれ、だけど"
「どうしたの?」
"・・・・・・・多分兄貴の中の'破壊者'が目ぇ覚ました"
の言葉に冬乃はわずかに瞠目した。
はさらに言葉を続ける。
"たぶん兄貴が目覚めたってことは俺もだと思う。だから・・・・・・"
「」
"はい?"
「元帥命令よ。目覚めさせたら承知しないわ」
"うわっ!それってめっちゃ苦しいじゃん!"
「なにがあっても目覚めさせてはだめよ」
"・・・・・できるだけのことはするさ。でもだめだったら許せよ"
「考えておくわ」
"あのなぁ・・・"
は苦笑しているようだ。クスクスと笑い声が聞こえる。
"あっそうだ。おれたち、今アレンとラビと兄貴がいないんだけど"
「なんで・・・・」
"ん〜アレンが置いてけぼりくらって二人で探しに行ったんだ"
「あっそう・・・・・・・」
冬乃は呆れて何も言えなかった。どうせは自分がアレンを探しに行くと言って聞かなかったのだろう。
多分三人とも面倒に巻き込まれていると思う。冬乃は小さく苦笑する。そして苦笑を収めると冬乃はの顔を思い描きながら呟いた。
「・・・・・・・皆、生きて帰ってきてね」
"・・・・・・・わかった"
二人の話はそれだけで終わった。声の聞こえなくなったゴーレムを冬乃はずっと握っていた。
"破壊者"がついに動き始めた。それは何を意味するのか。意味はもしかしたらないのかもしれない。でも・・・・・これで確実に自分の命のタイムリミットが動き始めた。
「ソルド・・・・・私はこの戦いを終わらせるまでそちらには行かないわ・・・・・・・もうちょっとだけ待っててね・・・・・」
冬乃は部屋を出ると科学班へ向かう。
科学班ではコムイが何やら暴れていた。冬乃は小さく笑うと食堂へむかう。
「ジェリー、コーヒーをたくさんいれてくれる?」
「・・・・・・・えぇ」
ジェリーは冬乃の顔を見ると少し悲しそうに笑った。
「私のこと、遠ざけてる?」
「そんなこと・・・・・・」
「私は総元帥じゃない。ただそういう名前の役職なだけ。私は冬乃よ、私を見て。呼び捨てにしてかまわない。前みたいに・・・・・お願い」
「・・・・・・・・・そういうわけじゃないのよ、冬乃ちゃん・・・・・・・ただね、あなたがそんなに大きな仕事を請け負ったのに、私たちが何もできないってことでちょっとね・・・・・・」
「何もできないわけじゃないわ・・・・・すごく役立ってる。私、ジェリーさんのご飯があれば、三日は眠らずに働けるわ」
「嬉しいことを言ってくれるわねvvはい、コーヒー。どうせ科学班に持っていくんでしょう?」
「正解」
「クッキーも。きっと何も食べてないんだから」
「・・・・・・ありがと」
冬乃は受け取ったコーヒーとクッキーを持って科学班へ戻った。まだコムイは暴れている。
「コムイ、ほら」
「冬乃ちゃん・・・・・・・ありがとう」
コムイは笑顔でコーヒーを受け取ると早速カップについで飲み始めた。
科学班がホッとしたのがわかる。
「どう?調子は」
「まずまず・・・・かな」
「そう・・・・・・・」
「・・・・冬乃ちゃんは吸血鬼のやつに関わってたっけ?」
「何の話?」
「あ〜っそっかぁ・・・・冬乃ちゃんは八年前っていうと長期任務でいなかったんだよね」
「えぇ。確か八年前は中国にいたと思うわ」
コムイは冬乃に吸血鬼伝説の調査書を差し出す。調査書に目を通していく冬乃の表情が変わった。
無言でゴーレムを取り出す冬乃に科学班は注目していた。
「」
"ん〜あっ冬乃かぁ・・・・・・どうした?"
「アレンたちとはぐれたって言ったわね」
"あぁ・・・・・駅でアレンが消えて、ラビと兄貴で探しに戻ったけど?"
「どこの駅で?」
"確か・・・・・"
の言葉を聞いた冬乃は納得した。
「ありがとう」
"どうかしたのか?"
「吸血鬼伝説」
"あ〜それ兄貴から聞いた。なんでもクロウリーとかいうやつが、村人を襲っててアレンたちが退治しに行くらしいぜ"
「エクソシストが吸血鬼退治・・・・・・なんか違う」
冬乃は頭を抱えたくなった。多分今回のこれは誰かが仕組んだ(?)ことだろう。
その誰かというのは容易に想像できることなのだが・・・・・・・認めたくはない
「とりあえず気をつけてって連絡、アレンたちに入れておいて」
"了解"
冬乃は通信をきったあとコムイを見てぎょっとした。山ほどあったコーヒーがすべて消えている。ついでにクッキーも。
「冬乃ちゃん・・・・・おかわりっ!」
コムイの笑顔を見て冬乃は溜息をついたのだった。
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