冬乃は何人かの探索部隊とともにベルギーのとある教会にきていた。
「・・・・」
冬乃が見上げる十字架には元帥の中で最も高齢のケビン・イエーガーが裏向きに吊るされ、背中に神狩りと彫られていた。
探索部隊が彼の体を十字架から下ろす。まだかろうじて息はあった。
「ケビン・イエーガー、聞こえますか?」
「・・・・・せんねんこうは・・・さがしてるぅ♪だいじなハート、さがしてる・・・♪わたしはハズレ・・・つぎはダレ・・・♪」
「ハート・・・・・・すぐにコムイに繋いで!!急ぎなさい」
冬乃はイエーガー元帥の歌を聞き、顔を青ざめさせた。すぐに科学班とつながれたゴーレムを手にすると、コムイに話し始める。
「コムイ、作戦変更よ。予定がめちゃくちゃ!すぐに各地のエクソシストを元帥たちに振り分けなさい!!私の部屋にリストがあるわ。そのリストに誰がどの元帥と同じチームになるか記してある。今すぐによっ!任務は後回しでいいわ。今すぐ元帥の保護を!」
"えっでっでも・・・・・"
「文句は言わないっ!さっさとしなさいっ!!じゃないと元帥が次々に殺されていくわっ!」
"はっはい!"
「それから伯爵はどうやらはハートのイノセンスを探しているみたいね」
"ハート!?"
「えぇ・・・・・・危険だわ。すぐに元帥を守らなければ」
"わかりました"
コムイとの通信が切れた。冬乃はイエーガーの手当てをしていく探索部隊を見ていた。イエーガーはそう長くはもたないだろう。
また弟子が一人死ぬのだ。冬乃はそっとイエーガーの頬に触れた。
「ご苦労様でした・・・・あなたの魂が神の御許にいかんことを・・・・・」
「師・・・・師匠・・・・」
「もう眠りなさい」
冬乃がそう言うとイエーガーの体から力が抜けた。
冬乃は立ち上がり、探索部隊から離れる。ミシェルが心配そうに駆け寄ってきた。
「冬乃様・・・」
「ミシェル、シェルを。冬輝と一緒に行動してもらいます」
「はい・・・・・・・冬乃様」
「ミシェル、あなたは私と。戦いには出ませんが、一緒に作戦を練ってくれますね?」
「もちろんです。お任せを」
冬乃は教団へ戻った。コムイたちサポート班があわただしく動いている。
「ラビ、コムイ、ブックマン」
「はい」
「巻き戻しの町へ。奇怪は止まったわ。を連れて行きなさい」
「わかりました」
ラビ、コムイ、ブックマン、は巻き戻しの町へと飛ぶ。冬乃の部屋の中にミシェルそっくりの少女が姿を見せた。ただ髪の色は黄金色、そして碧眼だった。
冬乃は少女を見ると柔らかく微笑んだ。
「お呼びですか、冬乃様」
「えぇ・・・・・・よく来てくれたわね、シェル」
「冬乃様のお呼びですもの。それに兄様にも睨まれてしまいましたしね」
「ミシェル、別にヤキモチを妬かなくてもいいじゃない」
「シェルは冬乃様に甘えすぎなんですよ。冬乃様も甘えさせすぎです」
「まぁ厳しい言葉」
クスクスと冬乃とシェルは笑った。ミシェルは赤くなった顔をそらした。
「それはともかく、シェル、遠いところをご苦労様。ごめんね、またお守りを頼みたいの」
「もちろん。冬乃様のお願いとあっては断れませんわ」
シェルは笑って言った。その背後でミシェルが面白くなさそうに鼻を鳴らした。
冬乃は苦笑を漏らす。
「それではお願いね」
「はい」
冬乃は静かに目を閉じた。冬乃の体の輪郭が崩れ始める。輪郭がぶれ、冬乃の体が二つになった。
片方の冬乃は団服を着ている。しかしもう片方の冬乃は黒い何の装飾もない服だった。
二人の冬乃は同時に目を開ける。
「おはよう、冬輝」
「あぁ、久し振りだな。冬乃」
「冬輝様、おはようございます」
「シェルか・・・・なんだ、ミシェルもいるのか」
「僕がいちゃ悪いような言い方ですね、冬輝様」
「いや、別に。ただ五月蝿いだろうなと思っただけだ」
「冬輝、ミシェル・・・・」
団服を着た冬乃が二人をなだめた。
「冬輝、シェルと行動をともにして頂戴。あなたにはあるチームと合流してもらうつもりなの」
「合流?誰と」
「クロス班と」
「クロスと?オレ、あいつ嫌いなんだけど」
「文句は言わないで。イエーガーが殺されたのよ。それで計画がすべておじゃんになったの。計画を練り直さなければならないわ」
「それはお前の役目だろう?」
「わかってるわよ」
冬乃のほうは口を尖らせた。もう片方の冬乃は口の端を吊り上げる。
「わかった。すぐにか?」
「いいえ、しばらくあとでいいわ。でもいつ計画が崩れるかわからないから、あなたを呼び出したの」
「おうおう、そりゃ計画性のある行動だな」
「お褒めの言葉ありがとう、冬輝」
二人の冬乃はクスクスと笑った。シェルもつられるようにしてクスクスと笑っている。
ただ一人ミシェルだけが面白くなさそうな顔をしていた。
「ミシェル、冬輝に敵対心をむき出しにするのはやめなさい」
「しかし冬乃様・・・・いくら冬乃様の弟君とはいっても・・・人には相性というものがあって・・・・・」
「つまり兄様は冬輝様のことが好きになれないのですわ。罪を裁く者だから」
「シェルっ!」
「あら、兄様、何か間違いでもあります?」
「・・・・・・・・・ない」
「素直でよろしいこと」
クスクスとシェルはからかうように笑った。
冬輝もニヤニヤと笑っている。
本当に仲の良い兄妹だ。さすが同じ血がぴったりと流れているなだけある。その力関係は妹であるシェルのほうがいささか強いと思わないこともないが。
冬乃はそう考え、ふと気がつく。この二人に自分と冬輝はどんな風に見えているのだろうか、と。
冬乃と冬輝の顔立ちは非常によく似ている。しかしその体は立派に男女のつくりをしている。それもそのはず。
冬乃と冬輝は同じ母の体内にいた。しかし生まれてきたのは冬乃だけだった。冬輝の魂は冬乃の体の中に入ってしまったのだ。非現実、非科学的なことだが、実際にそうなっているのだ。ミシェルとシェルはそのことを聞いても動じなかった。むしろ楽しんでいたように思える。
「ねぇ冬輝。あなた今いくつ?」
「お前と同じ」
「私、歳なんて忘れたわよ」
「ならオレだって覚えているはずないだろう?」
「そう?」
「あぁ。まぁ・・・・あっそうだ。冬乃、あの白髪のエクソシスト誰だ?ラビとかユウとかと一緒にいた」
「あぁ・・・・アレン・ウォーカーくん。まだちゃんと見てないっけ?」
「そうだな。チラリと見ただけだ。あいつってクロスの弟子か?」
「えぇそうよ。よくあのクロスの弟子をやってられたなって思うわ」
冬乃は乾いた笑い声をあげた。冬輝は小さく苦笑した。
「冬乃・・・・・・」
冬輝は苦笑をやめ、真面目な顔で冬乃に向き直った。
「どうしたの?」
「辛く・・・・ないか?表にいて。オレが変わろうか?」
「ありがと。でも大丈夫。今、私と冬輝が入れ替わったら大変なことになるわ。大丈夫。心配は無用よ」
「・・・・・そうか」
「うん、冬輝も優しくなったわね」
「どういうことだよ」
「だって、私と同棲し始めたときには、出せだせ五月蝿かったんだから。私も結構きつかったなぁ・・・・男に抱きつくなぁ、とかその語尾やめろぉ、とか・・・・・」
「お前は覚えてなくていい事ばっかり覚えているんだな・・・・・」
「それも今となってはいい思い出よ、冬輝」
「へーへー、そうですか」
ミシェルとシェルは冬乃と冬輝の会話を面白そうに聞いていた。
冬乃も冬輝もそれぞれの力を認めていた。
この世でただ二人だけ、不老不死という呪いを受けた人間だから。だからこそ、あの二人の間に何人たりとも入ることの許されないものがあるのだ。
それはミシェルもシェルも、二人に仕える自分達でさえも入ることはできなかった。
「さて・・・なんだか本題がずれてる気がするんだけど・・・・・それで、行ってくれるわね、任務に」
「もちろん。しばらく楽しんでないことだしな」
「わかったわ。まだしばらくは体慣らしをしてちょうだい。そのときになったらまた呼び出すから」
「了解。シェル、行くか」
「はい、冬輝様。それでは、冬乃様、兄様。行ってまいります」
「気をつけてね」
シェルと冬輝は部屋を出て行った。
ミシェルが長く息を吐き出す。
「疲れました・・・・・・・」
「ふふっ、ごめんね。なんかわがままばっかり」
「いえ・・・・・僕は冬乃様にお仕えするために生まれてきたのですから」
「大げさだわ」
「大袈裟なんかじゃ・・・・・・・・僕、冬乃様の盾になる気だってありますよ」
「やめて。ミシェル、あなたと私は一緒にいた時間が長いの。あなたのこと失いたくないって思っているのよ」
「冬乃様・・・・」
「私の盾になって死ぬなんて絶対に許さないわよ。わかった?」
「・・・・・・・・仰せのままに」
ミシェルは冬乃のそばにひざまづいた。
冬乃は内心で苦笑しつつ、そっとミシェルの頭を撫でてやった。
俯かせた顔の下でミシェルが嬉しそうに笑っていたことなど、露ほどにも知らず。
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