冬乃は元帥を呼び集めていた。

「ノアが動き出したわ」
「ノアが・・・・」
「ついに・・・・・・・」
「というわけで五つのグループに分かれてもらうわ。クロス部隊、アレン・ウォーカー、、ラビ、リナリー・リー、ブックマン。ソカロ部隊、カザーナ・リド、チャーカー・ラボン・・・・・・ティエドール部隊、神田ユウ、マリ、ディシャ・バリー・・・・・・・わかった?」
「なんで、オレのところだけ多いんだ?」
「今まで連絡がなかったということで罰よ」
「・・・・・・・・」
「師匠はどうするのですか?」
「とりあえず残るわ。ヴァチカンとの連絡もあるしね・・・各支部にも話があるし」
「ふむ・・・・」
「クロス、破壊者の2人を頼んだわよ」
「わかった」

元帥たちはそれぞれの弟子に話をしに部屋を出て行く。冬乃は窓辺に近寄った。
空には無数の雲が漂っている。
窓辺に雫が落ちた。

「私はバカよね・・・・・ソルディア・・・・」

冬乃が小さく呟いたのは、遥か昔の恋人の名だった。
ノアに殺された、ただ一人の想い人・・・・

「ごめんね・・・・・私もう少し無理するわ」

あなたが何を言うかはわからない。でも私は・・・・・・

「あなたに貰った命を粗末にはしないから・・・・・・・・」

今でも眼を閉じれば鮮明な光景が甦る。その細部に至るまで冬乃はしっかりと記憶しているのだ。
言葉の一句一語でさえも・・・・
本当の運命は違っていたのだ。冬乃が死んで、ソルディアが生き残り、裁定者は彼になるはずだった。
が、ソルディアは運命を変えた。恋人に生き残る道を与えたのだ。その結果、ソルディアは死に、冬乃が生き残った。
ただ冬乃は生き残れた喜びよりも、罪悪感を感じていた。

「私は生き残らないほうがよかったのに・・・・・・」

悔やんでも遅い。もう既にソルディアは死んでしまった。失われた者は戻っては来ない。もちろん恋人をアクマにする気もない。

"生きろ。死ぬことを考えるな"

「無理だよ・・・・・あなたのそばに行きたい・・・・・・・・・」

"生まれ変わる・・・・百年後・・・・お前のそばに・・・・・・・"

「嘘・・・百年待ったのよ・・・・・・うそつき・・・・・・」

冬乃は声を上げずに泣いていた。静かに静かに・・・・・・・
部屋の外ではが腕を組んで気配を殺し、じっと部屋の様子をうかがっていた。

「嘘じゃないんだけどな・・・・・・・オレはそばにいる・・・・冬乃のそばに」

こんなにも近くにいるのに、触れることは許されない。こんなにも愛しているのに、想いを伝えることは禁じられている。そばに行って、抱き寄せたいのに。そばに行って、愛を囁きたいのに。
今の自分には許されない。他の人間、しかも敵を愛してしまった男にそんなことは許されない。
そんなことをしたら、今まで自分を待っていた冬乃に失礼だ。

「・・・・・・・・・ごめんな・・・・・・」

はそのまま外へむかっていった。
冬乃は未だ静かに泣いていた。伝えられない想いを胸に・・・

ヴァイオリンの音にアレンは顔をあげた。その場にいたクロス、ラビ、リナリー、も顔をあげる。

「誰が弾いているんでしょうか」
「この音・・・・・・・のイノセンスだ・・・・・」
「綺麗。なんか心が洗われていくみたい」
「オレはこの音、の心を表してると思うさ」
「・・・・・・・そうかもしれないね」

は立ち上がる。窓に近寄り下を見ると、案の定・・・・弟がヴァイオリンを演奏していた。
普段はペンダントの形になっているイノセンスはとよくシンクロしていた。まるで生まれる前から互いに知り合っていたかのように。

「あっもう一つ・・・・・・・のヴァイオリンに重なるようにして音が聞こえるわ」

リナリーの言葉に彼らは耳を澄ます。ヴァイオリンの音は二重に聞こえていた。それはきっちりと調律されている音同士で美しい旋律をかもしだしている。

「総元帥・・・・・」
「えっ?」
「いや、なんでもないよ」

冬乃はヴァイオリンの音に耳を澄ましていた。ずっと聞きたかった音だ。懐かしい、それでいてひどく悲しい音。
冬乃の首にかかるペンダントが光り、ヴァイオリンが彼女の手に現われた。

「ソルディア・・・・・・・・・」

冬乃はヴァイオリンに頬ずりをする。愛しい恋人のイノセンス。それは冬乃の想いに反応するかのように光っている。

「弾いて欲しいの・・・・・・?」

冬乃はヴァイオリンを構えた。弓を弾くと誰かが弾くヴァイオリンの音と重なる。
美しい二つの音が冬乃の胸に広がっていった。落ち着きが取り戻されていく。

「ソルディア・・・・・・・」

やがて最後の音が消えるとヴァイオリンはひとりでにペンダントへ戻った。

「私・・・・・」

冬乃は決めた。過去との訣別を。がそれは大事な思い出を捨てることでもあった。

「・・・・・・ミシェル・ブランド元帥はいる?」
"いいえ、戻ってきてませんが"
「そう・・・・・・・」
"連絡いたしましょうか?"
「結構よ」
"はい"

冬乃は窓を開ける。一匹の鴉がやってきて、冬乃の差し出した腕にとまった。

「ファイ、ミシェルを呼び戻して頂戴。できるだけ早くね」

ファイという名の鴉は冬乃の瞳を見ると、翼を広げ飛び立っていった。
冬乃はその姿を見送り、窓を閉めようとした。と、自分を見上げる姿に気がつく。

「どうしたのかしら?」
「・・・・・・・冬乃」
「・・・呼び捨てはやめてちょうだい」
「オレは約束を守った。でもオレにはお前を愛する権利はないと思う」
「何を言っているの・・・」

冬乃は困惑した。下にいるは彼とは違って見えた。

「約束って・・・なんのこと」
「・・・・・・・百年前、オレは死ぬ前に約束しただろう?百年後また生まれ変わって戻ってくるって」
「!!」

冬乃は驚いた。何故そのことを彼が知っている?
誰にも言ってはいないのに・・・・・何故?

「オレはお前以外の女を愛した。しかも敵であるノアだ。お前だけを愛すると誓い、その誓いを破った俺にお前を愛する権利はないと思う」
「ソルディア・・・・・・・?本当に?」
「本当に。今は""という人間だがな」
「嘘・・・・・・・」
「嘘じゃない。忘れたのか?さっき弾いた曲・・・・・」
「・・・・・・・"夜想曲"」
「そう。オレが一番好んだやつだろう?」
「でも、あなたがソルディアだっていう証拠は?!」
「・・・・・・ここで見せろっていうのか?それは少し無理だろう」
「いいわ、ここへきなさい」

は教団の中へ戻っていく。やがて冬乃の部屋の戸がノックされた。

「入りなさい」
「失礼・・・・・」

は冬乃の前に立つ。

「で、証拠は?」
「・・・・・・・・わかってほしい。おれはお前を騙したりしない・・・・」
「言いたいことはそれだけ?」
「・・・・・・・・愛してる・・・・」
「・・・・・・・うそつき!ずっと待ってた。あなたが私を見つけてくれる日を!!あなたにも会っていた!なのに何故声をかけてはくれなかったの?!」
「・・・・・・・・・・」

は黙って冬乃を抱きしめた。冬乃はその胸を叩く。

「嘘つき!嘘つき!」
「悪かった・・・・・・本当に・・・」
「嘘・・・・ずっと待っていたのに・・・・・・」
「ごめん・・・・口だけじゃ謝っても謝りきれない」
「ずっと寂しかったのに・・・・・・・・寂しかったんだから!!」
「本当にごめん・・・」
「聞きたくないわよっ!あなたの言葉なんか!!」

はそっと冬乃に口付ける。冬乃は一瞬目を見開いたが、やがてそれを受け入れた。

「わかってくれ・・・・・・オレはもうソルディアじゃない」
「・・・・・・」
「ソルディアは死んだ。ここにいるのはと言う人間だ」
「・・・・・ん」

冬乃は泣きそうな目でを見た。は小さく笑う。

「オレはずっとそばでお前を支えるから。泣くなよ・・・」
「・・・・わかった」
「よしよし。そういえば・・・・・もしかして冬乃、オレが生まれ変わりって知らなかった?」
「うん・・・・」
「だから敵対心むき出しだったわけね・・・・・・・・・」
「ごめん」

しゅんとした冬乃の顎を持ち上げ、は微笑む。

「別に。気にしてないよ」

2人の唇が重なりかけたとき・・・・

ジリリリリリリリリリッ!

とベルが鳴った。冬乃はにもたれる。そしてキッと窓の外を睨みつけると、から離れ窓へ近寄る。は何もできず、ただただ見ているだけだった。冬乃は窓を開けると、外へ飛び降りる。そこで慌てては窓へ近寄った。冬乃は空中で一回転すると綺麗に着地する。森へ駆けて行く冬乃をは唖然としてみていた。

窓から飛び降りていった冬乃は森の入り口のところで一人のエクソシストと対峙していた。

「お久し振りです、冬乃様」
「えぇ、そうね・・・・・・・ミシェル元帥」

ミシェル・ブランド・・・クロスと並ぶ音信不通のエクソシスト元帥だった。そして冬乃の恋人、ソルディア・ブランドの血縁でもある。彼と同じ銀の髪と藍色の瞳を持つ彼は微笑んだ。

「相変わらず美しい・・・・・」
「ありがとう」

ミシェルは冬乃のことを昔から知っているエクソシストだった。

「あなたに変わりのない忠誠を・・・・」

ミシェルは冬乃の手の甲に口付ける。

「はいはい・・・・・それはわかったわ。でもいったいどうしてベルを鳴らしたりなんかしたの」
「いえ、一番に僕を迎えるのはやはり冬乃様がいいな、と思いまして」
「・・・・・・性格悪いわよ」
「それはどうも」
「褒めてないわ」
「・・・・・・それで、僕を呼んだということは僕の力が必要なのですね?」
「えぇ・・・夢をエクソシストたちに見せて欲しいの。私とソルドのことを・・」
「あれ?いいんですか?」
「かまわないわ」
「・・・・・・・・・・わかりました。それが冬乃様の望みとあらば」

ミシェルには特別な力があった。他人に望んだ夢を見させることができるのである。
過去のことを見せることもまた可能である。故に彼は"夢見師"と呼ばれていた。
ミシェルは微笑む。

「それであなたの傷がえぐられなきゃいいんですけどね」
「大丈夫よ」
「ならいつにします?」
「できるだけはやく」
「わかりました」
「ミシェル、何人か名前をあげるから彼らだけでいいわ」
「・・・・・・はい」

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