「の堪忍袋が切れるまではあとどのくらいだ?」
"さぁな。まっ、すぐだろう"
「では我々は避難しておくか」
翡乃斗、螢斗は立ち上がって部屋を出て行く。部屋の主、の爆発を感じたからだ。
案の定、二人が出て行った直後、部屋からの大声が聞こえてきた。
時は数刻ほど前にさかのぼる。
既に太陽は沈み、月が天上へと昇りかけているころ。両親の墓参りついでに小野家の邸へ立ち寄ったは書物の整理に追われ、結局その日は居候先の安倍家へ戻ることができなかった。
「・・・・・・・なんでこんなに書物があるのかしら」
売れないのに、とは呟きつつも書物を熱心に読みふけっている。
「・・・・・いつまでたっても終わらんぞ?」
「ん〜」
熱心に書物を読む姿はどこか父である麗華に生き写しだった。小さく首をかしげるしぐさなどは風深に似ている。
「・・・」
が書物を読み始めれば、周りのことなどおかまいなしということを彼らは知っていた。だから別段それ以上言うまでもなく、彼女のそばでその身体を丸めて眠りについたのである。
異変を感じたのはそれからしばらく経ったときのことであった。
螢斗の耳が微かな神気を感じ取る。
"・・・・・・・・・・"
鼻をひくつかせて空気の匂いをかぐ。その瞬間翡乃斗も起き上がった。を見てみれば、書物を大事そうに胸の中にしまいこんだまますやすやと寝ている。こんなときでなければ、主の寝顔を見ていたいところだ。
しかし・・・・招かれざる客人が小野家へ入ってきたらしい。
「・・・・・・・強いな」
"あぁ・・・・"
二人は注意深くを守るように後ずさった。部屋に差し込んでいた月光が途切れる。何か人の姿をしたものが部屋の入り口に立ったのだ。
その正体にいち早く気がついた螢斗はわが目を疑った。同じように一瞬遅れて気がついた翡乃斗もまた唖然とした。
「・・・・・・・・なんでいるんだ、天照?」
深紅の衣をひるがえし、その青年は畳に胡坐をかいた。
見るものを惑わすほど美しい微笑がその顔に浮かんでいる。高天原統治神、天照大御神だ。
「いや、対した用事はない」
「用事ないならさっさと高天原に帰れ」
「おやおや・・・・・・まったく久し振りに会った上司だというのに」
何故我らの周りにはこういう性格のやつが上司、という状況が多いのだ、と二匹の式神は心の内で思った。
例をあげればの閻羅王太子、そして螢斗の上司天照、さらには翡乃斗の上司月読・・・・・・あとは昌浩の上司(祖父だが)晴明・・・・・・・
二匹は思わず自らの境遇を嘆きたくなった。
「は眠っているのか」
「最近夜警やらなんやらでろくに眠っていないんだ。そっとしておいてやれ」
「・・・・・・・・だそうだ、月読」
二匹は唖然とした。残念そうな顔をして月読が顔をのぞかせたのだ。
「なんで二人して来るんだ・・・・」
翡乃斗は思わずうめいた。螢斗はうめきこそしなかったものの、不機嫌にはなった。
「いや・・・・たまにはの上司として労をねぎらってやるのもいいかなと思ってね」
"お前たちが来ればは確実に雷を召喚しかねないぞ"
螢斗の言葉に翡乃斗がうなずく。
「どうだか」
「ん・・・・・ぅ」
は五月蝿さに気分を害されたのか、書物を抱えたまま起き上がった。一瞬にして式神たちの気分が下がる。
がどれだけ目覚めが悪いかは知っている。とくにかなり疲れているときに起こされると余計に気分が悪くなる。
はしばらく天照と月読と目を合わせていた。少しずつ怒りのメーターが上がっていくのが式神たちには感じられた。
「・・・・・・逃げるか」
"あぁ"
二人は巻き込まれないようにと部屋へ出る。その直後大量の本とともに高天原の統治神たちが部屋から追い出されてきた。
「・・・・・・・・・・」
"・・・・・・・・・・"
「なんでいんのよぉ――――」
夜闇を切り裂くの怒声が邸の入り口まで来ていた式神の耳に届いた。
「怒っているな」
"あぁ。邸が崩れないといいのだが・・・・・・"
「それはそうだな」
無論は心配要らないだろう。むしろ手入がされていない邸のほうが心配なのだ。
ちょうどそんな心配をしている時、中庭に三つの影が下りた。
「落ち着け」
「落ち着けですってぇ・・・・・・第一あんたたち高天原はどうしたの?」
「「放ってきた」」
あーあやっちゃったよ、と二人は思わずにはいられなかった。
瞬間銀の光が一閃する。狭霧丸が綺麗な弧を描いて二人の神を襲った。が、そんな攻撃でやられる二人ではない。
「だめだよ。物忌みの日なのに墓場へ行ったら・・・・・」
「穢れがその身を覆っているぞ」
二者二様の言葉を言って二人はの体に触れる。二匹の式神は主の肌に鳥肌がたったことを感じた。
「お前は人よりも瘴気に耐性がついているが、無理はするな」
「むしろ耐性がついているからこそ気をつけなければいけない。回復の術が効かなくなるぞ」
二人はの左右の頬に口付けた。式神たちは今度こそ何も言えなかった。
「さて、戻るか。精霊たちが探している」
「そうだな。では、またな」
「二度と来るな、この変態兄弟がぁぁぁぁ!!」
の剣は空をかききった。二人の神は宙に浮きながらクスクスと笑っている。
「ではね、。ゆっくりお休み」
「誰のせいで眠れなかったと思っているんだ!つーか二度とくるな!!!」
の声は誰もいなくなった邸によく響いていた。
式神たちは上司を恨みたくなった。しばらく怒ることになるの八つ当たりを受けるのは自分たちなのだから・・・・・
だから・・・・・もう二度と来ないで欲しい。切実な願いだった。
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