京の都には魑魅魍魎が跋扈していた。
ある日のこと、丑の刻、三条の通りでとあるやんごとなき貴族の青年が姫君のところへむかっていた。
かなり浮いた噂のある青年で、何度も女を変えていた。

「・・・・・・・・怨まれても仕方ないよね」
"自業自得というやつだ"
「確かに」

邸の屋根の上に三つの影があった。
黒染めの狩り衣に身を包んだ髪の長い影―小野―だ。
残り二人は見目麗しき青年達。に仕える光と闇の神―翡乃斗と螢斗―だ。
彼らが見下ろす青年の車には黒い影が憑いていた。

「・・・・・・・・・放っておいてもいいと思うんだ」
「だが、晴明からの命令だろう?」
「そこなんだよなぁ・・・・・・・・」

は今朝晴明に言われたのだ。
、最近とあるやんごとなき貴族のご子息が怨霊に悩まされていてな」「やだ」
は即答した。
晴明は困ったような笑みを浮かべた。

「そこをなんとか・・・・・」
「拒否。結局は自業自得だもん」
「・・・・・・・・行成殿からの言葉なんだが・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・晴明」
「うん?」
「はあ・・・・・・なんだか上手く釣られた気もするけどやるわ」

晴明は嬉しそうに笑った。
は額に手を押さえて溜息をついた。
今思い出しても自分自身と晴明に腹が立つ。
だが好きなものは好きなのだから仕方ないのだ。

「行成様・・・・・」

はそっと手のひらに口付けた。
陰陽師(仮)となってから数々の貴族たちが晴明への頼みごとを持ってきた。その時偶然にも行成がやってきたのだ。

「君は・・・・・・・」
「ゆっ、行成様・・・・・・・」
「おや、私のことを知っているのか・・・・・・」
「あっいえ、よく宮中でお噂は聞きますから・・・・それで、どうかしましたか?」
「あぁ、頼みごとなんだが・・・・・」

行成と話していることから緊張で手が滑ってしまい、ちょうど持っていた小刀(紙を切っていたのだ)で手のひらを切り裂いてしまったのだ。

「っつ・・・・・」

押さえた手から血がこぼれてくる。それに気がついた行成は慌てて布を当てて止血してくれたのだ。

「すっすみません・・・・・・」
「いや、それよりも大丈夫かい?」
「はい」

間近にある行成の顔には緊張していた。
触れようと思えば、触れることが出来る距離なのだ。
は真っ赤になった顔をうつむかせ、赤く染まっていく布を見ていた。

「このぐらいで大丈夫だろう」

かなりの時間が経ったとき、行成はそう言った。
既に傷口は半ば閉じかけ、血がその周りにこびりついているだけだった。
は丁重に礼を言った。

「かまわないよ。それよりも殿・・・・・」
「はい」
「君は小野という人を知っているかな?」
「小野、ですか」
「あぁ」
「・・・・・・・・・私の親戚になります。今は確か15くらいだったかなと思いますが」
「そうか・・・・・さぞかし美しい姫君になっているんだろうね」

は胸に小さな痛みを感じた。この人は・・・・・・・自分じゃなくて、偽りのを見ている。
決してその心は届かないというのに。

「行成様、を知っておられるのですか」
「あぁ。昔・・・・・・倒れていたのを助けたことがあってね。その時あまりに美しい歌を歌っていたから、もう一度聞きたいと思って」
「話をつけましょうか。も行成様の話を近頃していると聞きますし」
「いや・・・・大丈夫」
「しかし・・・・・」
「大丈夫だよ、殿」

「・・・・・・・・・っ!動いた!!」

翡乃斗の言葉ではっと意識を現実に戻したは軒を見た。
叫び声が聞こえる。
チッと小さく舌打ちをしては腰に佩いていた細身の剣を抜く。

「いくぞっ!」
「あぁ」

その後二人の式神はの半ば八つ当たり気味の行動を目にして、嘆息したという。
無論、誰に八つ当たりしたかはわかっていることだが。

戻る 進む
目次