「・・・・・・晴明、すまない・・・・・・・・」
螢斗がそう謝った。
「・・・・・いやいいんじゃよ。とて悪気はないだろう」
が額を冷やしながら二匹の式神にはさまれ、晴明を見ていた。正直目の前にいる爺が誰だかわからない。
昌浩という名の嬰児はあのあとしばらくして泣き止んだ。そしてに笑いかけるようになったのだ。
「痛かった・・・・・・・」
「ほっほっほ」
晴明はおかしそうに笑う。式神たちももう苦笑するしかなかった。
「それで・・・・・・あなたは誰ですか。ここはどこですか。何で私はここにいるんですか」
は晴明を睨みつけながらそうたずねた。
「わしは安倍晴明。ここはわしの邸じゃ。キミはこれからここに居候することになった」
「・・・・・・なんで居候?」
"、お前が一番初めに倒した鬼のことを覚えているか?"
「うん。私に傷つけたやつでしょ?」
"・・・・・・・・・・・あいつの傷は呪いだった・・・・・お前は男装しなきゃ大変なことになる"
「全然要領を得ないんですけど・・・・・・」
"そのためにお前は出仕しなければならん"
「・・・・・・はぁっ!?」
「小野家、そして橘家の血を引く。お前は晴明のそばについた陰陽師ということになる。いいな?」
「いや、翡乃斗?いいな、じゃなくって・・・・・・・」
は彼ら三人の話を止めようとするが、既に三人の中で話は決まっているらしい。
できれば勝手に決めて欲しくなかった。
つまりは男装しろということだ。男のカッコをしろということだ。
"、お前ならば何を着ても似合う"
「ありがとう・・・・・・・・螢斗」
はちょっと笑みを浮かべて言った。螢斗は顔をそらす。何か気まずいことでもあったのだろうか。
晴明は手を叩いた。部屋の中にいくつかの神気が現れる。
「紹介しておかないとまずいかの・・・・・・・我が式神たちじゃ。異界にも何人かおるがの」
青く透きとおる髪は不揃いだが長めで首の後ろで無造作にくくられている。瞳は夜の湖のように深い蒼。
「木将青龍。水の気も持っておる」
青龍は不機嫌そうに三人を見ている。翡乃斗が彼を軽く睨んで、にいさめられた
その隣にいるのは銀色の真っ直ぐな長い髪、深い緑の瞳をした神将、水将の天后。
彼女もまた少しばかり不機嫌そうだ。
はじのほうでかた膝を立てて座っているのは、肩に付かない位置で切りそろえられた漆黒の髪を深く鋭い黒曜の瞳をもった神将。
「凶将勾陳殿ですね」
の確認の言葉に勾陳は小さく首を縦にふった。
その隣で壁に背を預け立っているのは青年。
腰にとどく鳶色の髪と透きとおった黄褐色の瞳を持ち、右頬に黒い痣のような模様がある。
木将、六合である。
最後は穏やかな紫苑の瞳と目にかかる青磁の癖のない髪、左目の際に銀の飾りをつけた神将。
太裳だ。
「それともう既に会ったかと思うが、火将騰蛇。昌浩の式じゃ」
「・・・・・・・あんな小さな子の?」
は怪訝そうに尋ね返す。晴明はうむ、とうなずいた。
「はぁ・・・・安倍の一族は違うわね・・・・・」
はしみじみと言った。螢斗は苦笑を漏らす。
「じゃぁこっちの紹介もしておくね。ってしておきます」
「いいんじゃよ。話しにくかろう?」
「・・・・・・・・私は小野、たまに橘という名も使うわ。それからこの式神は闇神、翡乃斗、光神、螢斗。私の大事な友よ」
"普段は狼の姿をしている"
「俺は・・・・・・・」
翡乃斗はを見上げた。
「物の怪っぽいわよね・・・・・・」
「・・・・・・・厳密には物の怪じゃないが、まぁそんな感じだ」
翡乃斗はうなづく。
「にしても晴明・・・・・・あの子、何者?」
「我が後継者じゃよ」
「後継・・・・・?」
「そう、この老いぼれの唯一の後継者じゃ」
「へぇ・・・・・・」
は部屋に戻る。そこに神気があることを感じるとそっと笑んだ。
「十二神将、騰蛇・・・だったよね」
長身の影が顕現した。は彼の前に腰をおろす。
燃えるような紅の髪と金色の瞳が印象的だ。はその瞳に吸い込まれそうになった。
獣の姿となった螢斗と翡乃斗は少し離れたところに落ち着いた。
「私の友が何をしたかは知らないけどできることなら許してやって欲しい。あの子たちも悪気はない」
「・・・・・お前、名は?」
「小野、または橘と名乗ることにしている」
「お前が居候することになる子供か・・・・・」
「子供で悪かったわね。どうせ子供よ、フンッ」
「だが、子供でも昌浩と同等の力を持っている・・・・・・と晴明が言っていた」
「・・・・・・・・・・」
はちょっとだけ騰蛇に微笑みかけた。
「正直言って、螢斗たちから凶将って聞いてるからどんなに恐ろしいのかって思ってたわ。でも全然違う。結構いいやつじゃない、あなた」
「それはどうも」
と騰蛇は互いに笑いあった。しかし螢斗たちはそれが面白くない。
「ほら、何睨んでんの。確かに十二神将は神の末席に位置するけど、あんたたちも同じ神じゃない」
「そいつらは自ら進んで人に落ちた」
は翡乃斗の言葉に額を押さえた。息を吐き出すと、苦笑気味の顔を騰蛇にむけた。
「ごめんね、ちょっとやさぐれてるけど根はいいやつなのよ」
「気にしてない」
「だぁ!」
騰蛇の後ろから嬰児が顔を出した。のほうへ手を伸ばしてくる。
「これが昌浩?」
「あぁ」
は嬰児を抱き上げた。嬰児は嬉しそうに笑っている。
「さっきはごめんね、思いっきりぶつけちゃって」
が嬰児を抱き上げる様子を見ていた翡乃斗と螢斗は微笑ましそうに笑んだ。
に弟ができた。一回り年下の・・・・・・・これでは悲しそうな顔をすることはなくなるだろう。
きっと、この嬰児に救われる。そう二人は確信したのであった。
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