その青年が尋ねてきたときから、に悲劇が襲い掛かる。


「失礼します」

そんな声がの耳に入った。書物を読んでいた彼女は顔をあげる。
昌浩の母露樹が応対にむかったようだ。まぁ自分ではなく、晴明に用のある者だろうと思い、はまた書物を読み始める。

「さん、あなたにお客様ですよ」
「私にお客?」
「えぇ。今義父上の部屋にいらっしゃいます。すぐに向かわれたほうがいいと思いますよ」
「はぁ・・・・」

は書物を閉じて、立ち上がる。なんとなしに嫌な予感はしていた。

「あいつじゃないよね・・・」

頭をよぎったのは幼馴染で只今に求婚している者である。
燎流と篁以外の人間は苦手ではないと思うだが、あれだけは我慢できない。
品行方正、眉目秀麗、もちろんの呪いのことも知っている。何故ならのもうひとつの血縁橘分家の嫡子だからだ。
霊力もあり、式神たちの姿を見ることができる。
が、に対して独占欲を抱いているのが問題なのである。は何度か襲われかけているのだ。

「晴明、よん・・・・・・」

は即座に回れ右をしてもと来た道を引き返そうとした。が、すぐ神将に腕をつかまれる。
恨めしげな視線を受けたのは六合だ。彼は黄褐色の瞳でを見た。も見返す。
しばらく無言の時が流れた。

「、入りなさい」
「やだ」
「はいりなさい」
「や」

の言葉の端々から嫌悪と拒絶の念が滲み出している。
晴明は深々と嘆息してを見た。

「何故そこまで拒絶する」
「そいつが大嫌いだからに決まってるでしょう!!」

は室内で晴明と向かい合っている人物に指を突きつけた。
と少し似た青年が苦笑して彼女を見る。

「久し振りに会ってそれはないと思いますが?」
「久し振りどころか一生あえなくてもよかったんだけどね」
「ききましたか、晴明様。はこういうやつなんです」
「いつものことだと思うがな」

晴明は苦笑した。

「六合、放してやれ。逃げることはないだろう」

六合の手が離れる。
は覚悟を決めたかのように部屋へとはいって行った。が、青年からかなりの距離をとったところに座る。

「さてまだ自己紹介は終わっていませんでしたね。橘分家の一人での従兄橘柾と申します。求婚者です」
「ほっ・・・・・・・へのかの」
「はい」

柾は微笑む。
は背筋が凍りなりそうになるのを感じた。

「実はがこちらに居候していると聞いて分家のほうで引き取りに着たんです」

晴明の瞳がにむいた。が首が取れそうになるほどの速さで否定する。

「しかし柾殿、本人は嫌がっておるが?」
「それでも橘及び小野分家で取り決めたことです。本家がを残して断絶した以上権力はこちらにあります」
「ない!私が当主だ!!」
「、確かあなたは男装して内裏にいたでしょう。父上にばれなかったからよかったものの、ばれてたら大変なことになりますよ」
「分家になんか行きたくないね。人を珍獣扱いするんだから」
「父上や母上には僕からもしっかりと言っておきますよ」

柾もも一歩ゆずろうとはしない。

「私は一人でだって小野家と橘家を再興させてみせるっ!

あんたは黙って指でもくわえてみていればいいのよっ!」

「あぁもうっ!いつの間にそんな態度が悪くなったんですか!!いいですか、あなたは二つの家の直系の娘なんですよ!?
そのことを考えて言っていますか!!」
「考えてないね。私は分家がどうなろうと知ったこっちゃない。
正直言わせてもらえば無理やり私を妻にしようとしているあんたもどうなろうと知ったこっちゃない以上。
さっさと帰ったらどう?」

晴明が溜息をついた。傍らにいた神将の一人が姿を見せた。

「」
「げっ太裳・・・・・・・・・」
「今軽くげっ、といいましたね」

美しい微笑を浮かべながら太裳はに近寄る。は半歩さがった。

「神?」

柾はいぶかしげに呟いた。太裳の瞳がから柾に移る。
その眼光の鋭さに、晴明も少し驚いたように眼を見開き、も体を強張らせる。

「が迷惑しています。さっさと出て行ってもらえませんか」
「あなたは?」
「十二神将がひとり太裳ともうします。ここは引いてもらえませんか」
「柾・・・・・幼馴染として忠告しておくわ。出て行ったほうがいいわよ」
「だが・・・」
「太裳が怒る前にね」

柾は太裳を見る。太裳も柾を見た。
柾は溜息をつくと晴明を見る。

「晴明様、をお願いします。ったく・・・・・強情なところはいつになっても変わっていないのですね」
「余計なお世話だ」
柾はに微笑みかけると晴明に一礼して去って行った。
結局なんだったんだとは思った。そのまま部屋に戻ろうとするが太裳に引きずられて晴明の部屋から出て行くことになった。
途中朱雀に出会ったが朱雀は何も言わずに二人を見送った。

「太裳?」
「あなたは何を考えているんですか。いつものあなたなら追い出しているでしょう」
「・・・・・・・・あっ怒ってるんだ」
「いいですか、。あなたは私が襲うまでそのままでいてくださいね」
「・・・・・・・・・・・太裳。ちょっと悪いんだけど・・・・・・皆が想ってる性格と随分違わない?」
「気のせいですよ」

太裳はそう言って姿を消した。は軽く溜息をつく。
どうやら幼馴染がいなくなったからと言って安心はできないようだ。
どうやって自分の貞操を守ろうかな、と本気で考えたであった。
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