三日後、キオはすやすやと自室で眠っていた。様子を見に来た紀洸はいつの間に戻ってきたんだ、と思う。
キオの傍らには梓の雷帝も置かれていた。鞘から抜くと完全な状態の刃が光った。

「さすがです、キオ様・・・・・」

あまりの美しさに惚れ惚れとしてしまう。最高の刀鍛冶と言われているのだ、この女性ひとは。
刀鍛冶の家だから男でなければ当主にはなれない。そういわれていたがキオは見事に当主の座についた。

「・・・・・・あなたを慕うものは数多くいるのに、何故・・・あなたは死神としての暮らしから退いたのですか」

そうたずねても疲労困憊している彼女には届かない。紀洸は少しばかり切ない想いを抱いた。
昔からそうだったのだ。一人で何もかも抱えて、零番隊員自分達には何も教えてはくれなかった。

「キオ様・・・・あなたはまだ、百年前のことを抱えておられるのですか・・・・・・」

「ここは・・・・」

キオは暗闇の中にいた。これが夢だと知っている。しかし・・・・・

「深遠の闇。そう、君の記憶だ」
「・・・・・・白虎・・・・そろそろこの悪夢を消せないのか?」
「君が忘れない限りはね」

白虎と呼ばれた声が次第に遠のいていく。キオはこのあとどんなことがあるかも知っていた。
昔から何度も見た悪夢だったから。いや、昔、というのは語弊がある。正確には百年前、桜香騒動で表舞台から退いてからだ。

「・・・・・・・四神、お前たちは何故私を苦しめる」
「お前には乗り越えてもらわなきゃいけないからだ」
「いつまでも苦しみに囚われているからに決まってるだろ?」
「君が忘れてくれないと困るんだよ」
「強くなってもらわなければならん」
「・・・・・・・青龍、朱雀、白虎、玄武・・・・お前たちの心は知っている。私が何をすればいいかも・・・・・・・が、私には・・・・・」

キオの涙に濡れた瞳が暗闇を見据えた。

「これを乗り越えろなんて無理なことなんだよ・・・・・」

炎が上がる。数多くの死神の声が響いていた。
その中に百年前のキオともう一人のキオ、そして・・・・仲間達の声もあった。

「急げ!負傷者は戦前から離脱させろっ弱った魂は格好の獲物になる」
「第一分隊、第三分隊はすぐさま十三隊へ知らせろっ!」

二人のキオの声が隊員たちに響く。片方は自分のもの、もう一つは・・・・・愛しい恋人の。

「香也、朱音、お前は俺と来い。瑠珱は咲夜と第四分隊を引き連れていけ!負傷者を逃がすんだ」
「わかった」

瑠珱と呼ばれたのは昔の自分。咲夜を引きつれ、そして第四分隊と呼ばれた死神たちを引き連れて負傷者を運びだす。
その中には悠希や倖斗、梓などもいた。もう一人のキオは二人の死神と共に桜香のほうへ向かって行く。
瑠珱は心配そうにその後姿を見ていた。あの時、もしも彼らを止められていたら・・・・・と今でも時々思うのだ。
そうしたら・・・・・・

「瑠珱様・・・・」
「咲夜?」
「参りましょう、隊長のもとへ。瑠珱様も行きたいのでしょう?」
「・・・・・・・何故、何故わかってしまう・・・?」
「さぁ、何故でしょう」
「副隊長、僕らも行きますよ」

悠希、倖斗も名乗りをあげた。瑠珱は少し悲しげな顔をして、しかし黙然とうなずいた。

「行こう・・・・・・第四分隊に告ぐ。負傷者の手当てをし終えたら、即刻安全圏まで離脱、十三隊の到着を待て!」

瑠珱はそう告げると咲夜たちと共にキオの向かった先へと走り始めた。
そして血の臭いに絶句し、そして・・・・・・・・

「っっ!」

背後で咲夜が息を呑んだ。悠希や倖斗も絶句している。
瑠珱は唇を噛み締め、目の前の巨大な獣を見た。
白銀の毛並みをした巨大な猫だ。それが忌まわしき『桜香』

「隊長・・・・・・・・そんな・・・・・・・嘘」
「何で・・・・香也三席と朱音四席が・・・・・」

その桜香の足元に血塗れた体が無数に転がっていた。みな、桜香を滅ぼそうとして逆に魂を食われた者達の成れの果てだ。
そして今桜香が口にくわえているのは・・・・・・先ほど駆けて行った仲間たち。

ポタリ・・・・・・・

白い指先から垂れる血の雫が真新しい水溜りを作っていた。三つの体はどれも動かない。
その中の一つは未だに斬魄刀を握っていた。その刀には見覚えがあった。
香神家当主のみが扱える最強にして最悪の斬魄刀、『四神』

「キオッ」

瑠珱は涙声でその名を呼んだ。しかしその声に応える声はない。

「うわぁぁぁぁぁぁっ!」

瑠珱、咲夜、悠希、倖斗の霊力が爆発した。
四人の最大の霊力は桜香を遥かに凌ぐものだった。

我は香神の血に連なりし 目覚めよ」「九流に連なる神々よ 今こそ我が前に集え
我が調べ 闇を切り裂く刃とならん」「我が言霊 光持ちて闇打ち払わん

四人の斬魄刀から人の姿をしたものが現れた。桜香は警戒して口にくわえていたものを地に落とした。

四神!」「月龍!」「鬼柳!」「梵天!」

のちの報告では桜香を封印、とあった。
封印したはいい。しかしまたいつ目覚めるかわからない。そして最強と謳われた零番隊隊長香神キオが死んだ。
彼に従っていた三席香也、四席朱音も同じく死んだ。瑠珱や咲夜たちにとってかけがえのないものが失われたのだ。
そしてキオたちは封印時、霊力の半分を使いきり死神として、零番隊員としてやっていけなくなった。そして表舞台から姿を消したのだ。

「何故・・・・・・・」

何故死んだ。
キオは暗闇の中に膝をついた。

「何故死んだっ!キオッ」

お前は生きると言った。私と共に。
私を幸せにしてくれると言った。いつまでも共に生きて行こうと、香神の力を守りながら生きて行こうと誓ったではないか。
なのに・・・・・

「あんまりだ・・・・お前は・・・・・お前たちもだ、香也、朱音っ!」

仲の良かった二人の仲間とも。誰よりもキオの身を案じ、そして瑠珱を可愛がってくれた。
副隊長になった瑠珱を色々と助けてくれた。二人とも明るく、零番隊のことを誇りにしていた。

「何故私一人を置いて逝った‥・・・あんまりだ・・・・・・・・」

私を独りにしないでくれっ!

そう叫んでキオは飛び起きた。背中に嫌な感じの汗をかいていた。
荒い息をつきながら、キオは前髪をかき上げた。

「・・・・・・・・・またか・・・」

キオは枕元においてある刀に目を向けた。その隣においておいた雷帝がないことから、誰かがもっていったことがわかる。
恐らく紀洸だろう。キオはハァッと息を吐き出した。

「キオさん・・・・・・・・・・?」
「っ?!」

部屋の入り口をむくとが心配そうな顔をして立っていた。
キオは安堵の息をついた。

「どうした?」
「いえ・・・・・あの、うなされている声が聞こえていたから・・・・・・その」
「心配をかけて悪かったな。大丈夫だ」
「そうですか・・・・・・あの、何かお菓子でも食べますか?私、買ってきますけど・・・・」
「・・・・・・・・いや、大丈夫だ」
「・・・・・じゃぁ少し待っててください」

はそう言って姿を消す。キオはフッと微笑んだ。
あの心優しい少女は健気だ。

「だからこそ私はお前を呼んだ・・・・・・・そしてお前を傷つけた」

つつっ、キオの頬を涙が伝った。重苦しい溜息が漏れる。

「我ら零番隊はいかなる命を犠牲にしてでもこの瀞霊廷を守らねばならぬ・・・・・、私は・・・・・お前を利用しているだけにすぎぬのだぞ?」

キオの胸の中に重いものが落ちてきた。




なんで零番隊の隊長は毎回死ぬんだろう・・・・
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