紫苑はしばらく仕事もなく、ぶらぶらとしていた。
そんなある日のこと。
階下で小さな音がした。
「緋村が戻ってきたかな?」
そっと部屋の外へ出ると、ちょうど隣の部屋に緋村が入っていくところだった。
腕には誰かを抱えている。
「緋村、お帰り」
「っ!しっ、紫苑・・・・・・・・あっあぁ・・・・・ただいま」
「・・・・・・・・・・誰?」
腕の中にいたのは女だった。紫苑は女から緋村へと視線を移した。
「あ〜実は・・・・・・いざこざがあってそれに巻き込まれて・・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・酒臭い」
紫苑は鼻をつまんで、顔をしかめた。
「・・・・・・・・酔っ払いだそうだ」
「でも血だらけ・・・・・・てかアンタの血?」
「・・・・・・・・・帰ってくるときに襲われた。一部しか知り得ない抜刀斎のことを知っていた」
「裏切り者が・・・・・・?」
「あぁ」
紫苑は腕を捲り上げた。
「じゃぁ私の出番だね」
「いや・・・・・紫苑は関わらないほうが・・・・「あ?」なんでもないです」
紫苑は緋村を睨んだ。
「緋村、私は緋村と同じなんだよ?今更他人行儀みたいなことしないでちょうだい」
紫苑は緋村をびしっと指差した。
「しっしかし・・・・」
「緋村、私に任せて?お願い」
「・・・・・・だめだ」
「なんでっ!」
「紫苑、お前、忘れたのか。自分が新撰組に狙われているということを」
そう緋村に言われて紫苑は思い出した。最近新撰組が紫苑を探していると耳に挟むのだ。
やはり一番隊隊長を気絶させて逃げたのが悪かったのだろうか・・・・・・あの土方という男は執念深そうでなんとなくいやだ。
「・・・・・・・・・・・何の力にもなれないね、私」
「そんなことはない。紫苑は十分役立っている」
「本当?」
「あぁ」
紫苑は嬉しそうに頬を輝かせた。緋村は一つうなずく。
「紫苑の心は貰っておく。ありがとう」
緋村はそう言うと自分の部屋の中へ入って行った。
紫苑は悲しげに目をふせた。嫌な予感が胸の中を駆け巡る。
これは隠密頭として鍛えた勘だが・・・・そうあの女・・・・・
「危険なことだよ、緋村・・・・・・・命を狙われているかもしれない」
紫苑は毎日不安げに緋村の様子を見ていた。少しずつあの女に感化されていく緋村だった。
紫苑はその不安を桂に話した。
「そうか・・・・・・もう少し様子を見ておいてくれ」
「はい」
「どうした?切なげな顔をして」
「・・・・・・・・・緋村を見てみるとそばにいてくれる人がいるっていいな、って思いまして」
「私がいるじゃないか」
「桂先生には幾松さんがいらっしゃいます。そうじゃなくて・・・・私が言いたいのは・・・」
「あぁ、夫か?紫苑、好きな男がいるのか」
「えっ・・・・・」
一瞬紫苑の脳裏を沖田の顔がかすめていった。
紫苑は悲しげに目をふせた。
「います。でも・・・・・・・」
敵だから・・・・
紫苑はその言葉を飲み込んだ。だめだ、言ってはいけない。
本能がそう告げていた。もう既に彼らとの道はたがえたのだ。今はもう隠密衆としての紫苑に戻っているのだ。
「そういえば、隠密衆から連絡があったな」
「えっ?」
「やっぱり俺たちの頭は紫苑だけだって」
そう言葉を聞いた紫苑の瞳にみるみる涙があふれ出てきた。
「私は隠密衆を解散させたんですよ。もう好きに生きていいのに」
「紫苑、彼らにとってお前だけが心のよりどころなんだ。お前の命令を聞くことが彼らにとって生きがいになるんだ」
「それでも私は・・・・」
「紫苑、お前は一人じゃない。だから一人で苦しまなくていいんだよ」
バカだよ、皆・・・・・
紫苑は心の内でそう呟き泣き出した。桂はそんな紫苑の背を優しく撫でてやった。
それからしばらくのちのこと、隠密衆の動きが活発になったことは言うまでもあるまい。
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