「螢斗、主の前で穏行するなんていい度胸してるわねっ」

走るのとなりに狼が現れた。翡翠色の瞳がを見る。

「戻ってくるのが遅いわよ」
「だが俺は・・・・・・・」
「問答無用。さっさと行くわよ」
「・・・・」

は螢斗の背に飛び乗った。
しばらく走っていくと神気が爆発したのを感じた。

「これは・・・・」
「騰蛇のものだ」

螢斗が大きく跳躍すると同時には腰の剣を抜いた。

「万魔拱服!」

凛と張りのある声が妖気を打ち砕いた。

・・・・・・」

呆然とした昌浩の声が背後からした。
が、はそんな声など聞いちゃいない。目の前の化け物に釘付けなのだ。
螢斗が牙をむき出していた。

「ありゃ・・・・・・しくったっ!」

螢斗が牙をむく。全身の毛が逆立っていた。

「俺が探していたやつだ・・・・・・っ!」


白い牛だった。
角が四本ある、この国にはいてはいけない妖。
そして闇の眷属。
そしてやつらは・・・・・


その子供を渡せ。秘められた霊力は極上。・・・に献上する
「貴様・・・・・・主がいるのか」
寄こせぇぇぇぇ!!!

白い牛が突進してくる。の前に真紅の鬼がヒラリと舞い降りた。

「我が焔は汝が命をも焼き尽くす。死にたくなければここから去れ」
「お前・・・・・・・・・」
様よりお二人を守るように言われてきました」

真紅の鬼には仰天し、そして助かったと呟く。
正直自分達だけでどうにかなるようなものだとは思っていなかったのだ。
騰蛇が背後で炎の竜を作り出す、そして真紅の鬼も両手に焔を出した。
二人の炎が白い牛を包み込んだ。肉のこげる嫌なにおいがしてくる。
は鼻を押さえて顔をしかめた。傍らで獣の姿の螢斗も鼻面に皺を寄せていた。獣だから余計に匂いを感じてしまうのだろう。人型をとればいいのに、とは思ったがわざわざそれを伝える義理はない。

姫」
「姫はいらん。てか、お前に言われて姫をつけているだろ」
「あっわかりますか」
「わかりすぎる。または夫からか」
「両方ですね」
「腹黒・・・・・」

は舌打ちをする。緋乃はくすりと笑みを漏らした。そして直ぐにその笑みを引っ込めると異形の牛を睨んだ。げっ、と背後で女らしからぬ声が聞こえる。

、そんな声を聞かれては様になんというお叱りを受けるか・・・・・」
「うん、だよね。今自分でもまずいと思ったから」
っ!」

昌浩の声にほのぼの〜とした空気になりかけていた緋乃とははっとする。

「―――――っ!!」

化け物は咆哮をあげ、騰蛇と緋乃の炎を撒き散らす。しかしこげた皮ははがれ、焼け落ちた皮膚に黒い液が滴り落ちる。
「うげ・・・」
「ですから・・・・・」
致し方ない・・・、この身を献上するか
「待てっ!」

の前に螢斗が立ちふさがり、咆哮をあげた。を襲おうとしていた瘴気が粉砕される。
風に目を閉じていた昌浩が顔をあげると既に化け物の姿はなかった。

「・・・・・・疲れた」
「うん、そうだね」

はコキコキと肩を鳴らす。螢斗が人型をとる。

・・・・・」
「大丈夫、気にしてないから」
「・・・・・・すまなかった。俺の力が足りないばかりにお前を傷つけた」
「・・・・・・気にしてないよ」
「俺はお前の式神だ」
「だから大丈夫だって」

は螢斗の頬に手を伸ばした。ひんやりとした感触が心地よい。螢斗はそっと目を閉じた。

「螢斗、戻っておいで」
「・・・・・・・・・あぁ」
「あ〜あ、お前ら主従関係なしにいちゃついているな。みろ、初心な昌浩が顔を真っ赤にしているぞ」

そういう物の怪の声が聞こえ、紫ははっとした。見れば、昌浩は必死で紅くなった顔をそらしている。
別にも螢斗もいちゃつく気はなかった。なんとなしにそんな空気になったのだ。

「昌浩、初心〜」

はクスクスと笑って言う。昌浩がそれに反論した。

はどうしてそんなことを言うんだ!!まだ行成様に話しかけることも出来ないのにっ!」
「それとこれとは別だよ。今の私は"小野"でも内裏にいるときは陰陽頭を助けるだけの陰陽師"橘"だもん。男に話をかけられても嬉しくないじゃないか」
「・・・・・」
「ほら、昌浩立てる?なんだったら騰蛇に抱いていってもらえば?」
「立てるよ」

昌浩はそう言って立ち上がる。少しふらついたのを騰蛇が助けあげた。昌浩は騰蛇に礼を言うとと螢斗と、その後ろにいる緋乃を見た。

「ありがとう、えっと・・」
「緋乃といいます」

緋乃は唯一見える口元に笑みを浮かべて言った。
昌浩はニコッと笑うと緋乃にむかって言った。

「いつもそばにいたよね?彰子が襲われたときも」

その言葉に緋乃とは呆けた。獣の姿に戻った螢斗がふん、と鼻を鳴らす。

「気がついていたのか」
「うん。なんとなくだけどね。ありがとう、緋乃」
「いえ、私は主の命に従ったまでです」
「その主の命が、"ばれないように守りなさい"だったら大変じゃない?」
「・・・・・・・実はその通りだったり」
「大丈夫。オレ、気がつかないふりしとくからさ」
「ありがとうございます」

なんだか人と禁鬼がするような会話じゃない、と螢斗は思った。それに晴明もも見ているのだ。
昌浩やの上を白い蝶が二匹飛んでいる。今のところ気がついているのは自分だけらしい。
昌浩やは平穏そのものの会話をしている。騰蛇もまた心配そうに蝶を見上げている。気がつかぬは主のみ、である。

"、帰るぞ"
「うん、そうだね。行こう、昌浩」

三人と二匹の物の怪は安倍家の邸にむけて、歩みはじめたのであった。

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