とてとて、と隣で物の怪が歩く。ちなみに白のほうだ。
「まったく・・・・・・夜歩きなんぞしているから途中で眠るのだろう・・・・・」
溜息をつきながら=は言う。肩の上で翡乃斗が苦笑している。
「塗籠で寝るなんて・・・・・・・・・」
もちろん昌浩は既に仕事も終えた。だから寝ているのだ。ちなみにはまだ途中だったりするのだが、物の怪に呼ばれてここまできたのだ。
「昌浩?」
塗籠をのぞいて、は笑みをこぼした。あどけない寝顔を見せながら昌浩は眠っている。
「あははは、かーわいっ」
つんつん、と昌浩の頬を突っつく。
物の怪が責めるような眼でを見てきた。
「あははは」
「・・・・もとはといえば、お前が雑用を直丁に押し付けるからだぞ」
「別に押し付けてるつもりはないよ」
直丁なんだからそこは仕方のないことだ。まぁにその経験はないのだが。
昌浩の頬を撫でていては違和感を感じた。何か昌浩の様子がおかしい。じっと様子を探ると昌浩がいきなり眼を開けた。
「かまぼこっっ!!」
「え゛?」
何故にかまぼこ?てかそのねたは何かの・・・・・・・
「昌浩、顔が真っ青だぞ」
「もっくん・・・・・・・・・・・・・」
「何かあったのか?」
「夢を・・・・・見たんだ」
「夢?」
「犬みたいな妖が東三条殿にいたんだ・・・それで」
昌浩は立ち上がろうとする。まだ眠気が抜けきっていないのか、よろめきそばにあった本の山を崩した。
「あいててて・・・・」
「大丈夫?」
は昌浩に手を伸ばす。昌浩はその手をつかんで立ち上がった。
はふと崩れた本の背表紙を見た。
「"山海経"だ」
「山海経?」
「あぁ。遥か西方から伝わってきた書物で・・なんでもあちらには妖怪や神仙の住む山があるらしくて・・・・」
の説明を聞いていた昌浩と物の怪が顔を見合わせ塗籠から飛び出していく。
は開いていた山海経をいったん閉じ、背後を見た。小さな白い蝶が飛んでいた。
「満足だな、晴明?」
蝶がその言葉に答えるように羽ばたく。は溜息をついて昌浩が戻ってくるのを待った。
昌浩は息を切らして戻ってくると急いで邸に戻ると言って、脱兎の如く駆け去って行った。元気だなぁ、と呟きながらはその後姿を見送る。
「さて、私は残った仕事を終わらせるかな。じゃないと邸に戻れない」
もそうぼやいて仕事を終えに行ったのであった。
は息を切らして邸に戻ってきた昌浩を迎え入れる。
「どうしたのですか、そんなに・・・・」
「いえ少し探し物があって・・・・・」
「手伝いますよ」
は微笑んで言った。既に何を探せばいいのかはからの式を貰って知っている。
昌浩は嬉しそうに微笑むが首を振った。
「オレ一人でも大丈夫。姫の綺麗な着物が汚れちゃうしね」
「・・・・・・・わかりました。では終わったら声をかけてください。お茶を用意して置きますから」
「ありがとう」
昌浩はそう言って部屋に行き、狩り衣をまとってから塗籠に向かった。
はその背中を見送る。おもむろに着物のあわせから紙を取り出すとふっと息を吹きかける。
それは白い小さな狗となった。
「に伝えなさい。昌浩はあなたの言うとおりのものを探し出した、と」
晴明の式が塗籠で何やらやっていた。恐らくは昌浩の探しものを発掘していたのだろう。
狗は一声吼えると内裏へむかって駆けて行った。
は顔をむけず背後の気配へ声をかける。
「東三条殿で不穏な気配を見つけました。すぐに探し出して始末なさい」
二つの気配が音もなく掻き消える。恐らくはも二人の式神を同じように向かわせているだろう。
は軽く溜息をついた。一瞬戻ってきても良かったのか、と思ってしまった。
「あら、父上。探し物は終わったのですか」
は現れた晴明にむかってにこやかにたずねた。晴明はうなずく。
「昌浩も探し出したぞ」
「そうですか・・・・・・今、緋乃と弓狩を向かわせましたわ。恐らくも翡乃斗、螢斗共に探索に向かわせていると思います」
「うむ・・・・・」
晴明は都へと顔をむけた。
「・・・」
「はい?」
「この事態をなんとみる」
「父上と同じことを考えていますのよ。も。恐らく頑張っている昌浩が一番分からないと思いますの」
「昌浩のことじゃ。何の問題もなかろう」
「・・・・・まぁそうですわね」
はくすくすと笑った。邸の門のところでの声がする。
仕事を終えて戻ってきたのだ。空は既に赤く染まり始めている。もうすぐ都は夜の帳に包まれる。
「それでは父上。私はを出迎えてきますので」
は微笑むと邸の門から入ってきたのもとへ半ば小走りにむかって行ったのだった。
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