は溜息をついた。
翡乃斗、螢斗の変わりに彼女の護衛についた緋乃も然り。
弓狩はのそばにいた。
はもう一度昌浩のことを見てそして溜息をつく。白い物の怪が呆れたように息を吐いた。
「、もっくん・・・・呆れてないで助けてよ」
昌浩が雑鬼達に潰されながら言った。はしかたなしに手を貸して雑鬼たちを払い落としてやる。
「お前たちよくもまぁこりずに陰陽師に手を出すな」
「知ってるぞ、お前のこと。冥府の官吏なんだってな」「仲間から聞いた」「すげぇ強いんだってな」
「はいはい、わかったから・・・・・さっさと昌浩の上から降りなさい」
・・・・・・・ことの始まりは少し前に遡る。
夢で見た妖が西方のものだと知った昌浩は物の怪とともに夜、雑鬼達に話を聞こうと思い立ち邸を抜け出した。
無論にはばればれで、門の前で彼女に出会いそして一緒に都へと抜け出したのだ。
二人(否、あと一人と一匹)は都のはずれにある荒れ果てた邸にやって来た。
「おーここは記念すべき昌浩が妖怪退治をやって半壊した邸じゃないか」
「詳しい説明ありがとう・・・・・」
緋乃はくすくすと笑う。昌浩と物の怪を先頭に彼らは邸の中へと踏み込んでいく。
長い間誰も住んでいない邸は埃だらけで歩くたびに舞い上がる。物の怪はそれが鼻に入るのか、先ほどからくしゃみを繰り返していた。
「大丈夫?」
「うぇー、まだ鼻がむずむずするぜ」
物の怪は昌浩に抱き上げられ、鼻をこすっている。
と緋乃は先ほどから感じる何百もの視線の主たちを見上げていた。視線は昌浩のほうを向いていて彼らに気がつかない。
「・・・・・・・・様・・・・・」
「うん、何も言わなくていいよ。どうせ「わーっ!!」・・・・・・・・・」
は言葉をさえぎった昌浩を見た。物の怪は無事だが、昌浩は何百もの雑鬼たちに潰されている。
「孫だ」「孫だ、孫だ」「知ってる、こいつ晴明の孫だ」「大髑髏を倒したんだぞ」「なんと、それは末恐ろしい」
「十三歳だって?元服遅かったな」「髑髏を倒したときはどうだったんだ?あいつ怖くてさぁ」
「孫だよ孫。晴明のやつまだこんなちっさな孫がいたのか」
「あいつもそろそろ化け物とか化生の類とかに振り分けられても問題ないだろ」「人間なのにちっとも見目変わらないしな」
「妙なのつれてるぞ」「さすがに子供でも安倍氏だな、いっぱしに式持ちか」
「生まれ持った格の違いってやつだろ。たまに実力もないのに陰陽師名乗ってひぃひぃ言ってるやつもいるしな」
雑鬼たちの言葉を聞いていたは笑い声を上げないようにするので精一杯だった。
緋乃も必死に口元を押さえて笑いを堪えている。物の怪が哀れそうに昌浩を見た。
そしてすべては冒頭に戻る。
「冥官、久し振りだな」「あぁ」「お前、あのあと式神と合流したのか」「したよ」
「そういやお前、時々都で見かけたなぁ」「そうか」
はにこやかに雑鬼たちと会話を続けている。
「ところで・・・・最近ここいらで見知らぬ化け物を見なかったか?」
途端雑鬼達の動きが止まった。は目を細める。
「知っているな?」
「・・・・・・・・」
雑鬼達がに向かって各々言いたいことを言う。
「あーわかったから。順番に言って」
雑鬼たちは額をつき合わせると相談をはじめる。やがて代表なのか三匹が出てきた。
三匹のうちの二匹が見た妖怪のことを話し始める。はそれを聞いて眉根を寄せた。
どうやら何体かいるらしい。最後の一匹が体を震わせて言った。
「もっとおっかないのがいるんだ。でっかくて、体に縞々の模様があって羽が生えて」
――刹那のことだった。
緋乃とがそれに気がついて結界を張らなければ昌浩と物の怪が吹っ飛んでいただろう。
の霊力が、緋乃の焔の壁が昌浩と物の怪と自分たち、何匹かの雑鬼を囲む。
「!!」
「あれは・・・・・・」
は煙の中から瘴気とともに現れた姿に愕然とした。
鼠の身に鼈の頭・・・・・それは蛮蛮という西方の妖怪だった。
は狭霧丸を構える。ひとつに結った髪が彼女の霊気に煽られて揺れた。
「・・・・・・・・緋乃。昌浩を」
「しかし・・・・・」
「くるっ!」
化生の現れた場所から二体の陰が躍り出てきた。
一体が鋭い咆哮とともに凄烈な神気が化生にぶつかった。化生の背に裂傷が走る。
残る一体かん高い声をあげる。それがさらに化生に傷を与えた。
「螢斗、翡乃斗!その化生を逃がすな」
の指示に二匹の獣がすぐに人の姿を取った。
手に繊細な模様が彫られた金色の槍を持つ青年と細いが鋭い光りを宿した剣を持つ青年だった。
「行けっ!」
二人はとともに化生に向かって切りかかった。
神であるはずの翡乃斗と螢斗、冥官の攻撃にも化生は倒れない。は軽くしたうちした。
「我が声は冥王の声となり 我が息は冥王の息となり 我が剣は冥王の剣となる 我が剣に冥王宿る」
狭霧丸にとてつもないほどの霊力が宿った。
「いけぇぇぇぇ!!」
狭霧丸から放たれた及び冥王の力が化生にぶつかる。力は化生の体を切り刻んだ。
がそれでも結局化生は倒れない。それどころかにやりと笑うとそのまま姿を消したのだ。
「に・・・・・逃げられたぁぁぁぁぁ!!!」
は悔しそうに地団太を踏む。二人の式神は各々の武器をしまいながら、獣の姿に戻る。
「翡乃斗と螢斗はあれを追っていたの?」
「あぁ。だが意外と逃げ足の速いやつでな・・・・・」
「神であるお前たちをまいたというのか」
"いかにも。それと・・・・・いつまでそう怒る"
「これが怒らないでいられるかっての!!」
螢斗は軽く溜息をついた。
"西方の妖たちの住処と思わしき邸を見つけた"
昌浩及び物の怪、の動きが止まる。
螢斗はかまわずに言葉を続けた。
"左京はずれにあるバカでかい邸だ。行くか"
「うん。さっさと片付けたいしね」
ふとが背後を見れば昌浩は雑鬼たちに西方の妖たちを倒してくれと頼まれている。
今までに陰陽師が雑鬼などに妖調伏を頼まれたことがあったかとは思う。
「」
「うん。緋乃、戻ってにこのことを伝えて頂戴。手伝いは無用だけどね」
「かしこまりました。お気をつけて様」
「うん」
緋乃の姿が消えた。は昌浩の首ねっこをつかむと巨大化した螢斗にまたがり都を駆けて行く。
冷たい風の中に微かな妖気を感じた。
「さて・・・・・最後の一勝負と行きますか」
「おうっ」
昌浩と物の怪が同時に言った。は笑みをこぼすと闇を睨んだのであった。
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