が怪我を負った十日後、螢斗は戻ってきた。どこまで、行っていたんだと誰もが聞きたくなるほど時間がかかっている。
実際も翡乃斗もたずねた。すると螢斗は問いに答えずに姿を消してしまった。
ちなみにの報告はごくごく簡単なものだった。簡単すぎて、の拳骨が壁にめり込んだほどだ。

「異邦の妖異・・・・・・・ね」

は白い狩り衣(晴明15歳のときのものだという)を着て考え込んでいた。目の前の文机の上には式盤がのっている。
はとりあえず螢斗の報告にあったそれを占おうと思ったのだ。
が、手は止まっている。翡乃斗はその理由を知っているため、とりあえず黙っていた。

「・・・・・・・どうしよう、翡乃斗」
"俺に聞くな、俺に・・・・・・どうせなら昌浩に聞け"
「いや、たぶんそこは昌浩じゃなくて晴明じゃなきゃいけないと思う」

前に昌浩は占が嫌いだ、と言っていたから、とは付け足した。多分彼の占の才は雪菜にとられたのだろう。
は軽く右肩をもんだ。怪我は既に完治しているが、時折引きつるような痛みが体を駆け抜けた。

"痛むか、"
「ん、大丈夫。心配ないよ」

と言いつつ、内心で苦笑する。幼少の頃よりそばにいてくれる二人の神は極度に心配性なのだ。
こけたら、これは良くない兆候だとか、外に出た瞬間に雑鬼に出会えば、その雑鬼を追い掛け回すし。
いい加減八百万の神々に文句を言いたくなってきている。何故自分にこんなやつらを護衛につけたのか、と。

「そういえば、あれから螢斗はどうしてる?」
"自主的に都の見回りをしているが?"
「偉い偉い。そんなことしてる暇があったら、さっさと私のところに戻ってくればいいのに」
"お前を守りきれず、怪我まで負わせたからな。それを考えてお前に会うことを拒否しているのだろう"
「気にしてないって・・・・・」
"我らにとってはかけがえのない存在だ。十二神将でいう晴明だ"
「なんでそこで十二神将が・・・・・いや、別にいいんだけど」

いやでもなんだか微妙か、とは思った。やはり心配性のようだ。
もんもんと考え事を続けるに影が射した。ん、と顔をあげると見慣れた顔が飛び込んできた。しかもかなり不機嫌そうな表情―とはいっても彼はいつもそうだ。

「青龍・・・・・驚かさないでよ」
「晴明が呼んでいる」
「はい?」

が尋ね返す前に姿が消える。穏形したのだろう。翡乃斗が剣呑な眼差しで今まで青龍がいたところを見据える。

"もう少しどうにかならんのか"
「まぁまぁ・・・・・・・・」

は翡乃斗をなだめながら晴明のもとへむかった。途中何か違和感があったような気がしたが、そのまま素通りした。

「晴明、なんか用?」
「おぉ、。少しばかり頼まれごとをしてはくれんかの」
「・・・・・・・・いいけど」
「昌浩と紅蓮が都へ出た。後をついていってくれ」
「緋乃が行ってるんじゃないの?」
「いや、彼は別のところじゃ」
「あっそ・・・・・・わかった」

は着物の袂をひるがえし、部屋を出て行く。後に続こうとした翡乃斗を晴明が引き止めた。

「翡乃斗」
"なんだ"
「異邦の妖異は霊力の高いものを狙っているそうだ。これは雪菜から教えてもらったことでな、昌浩と・・・・二人を守ってやってくれ」
"言われなくとも"

長い尾を一度振ると、翡乃斗の姿が消えた。
闇色の狩り衣をまといながら、違和感の正体には気がついた。いつもなら騒がしいはずの昌浩の部屋がしん、と静まり返っていたのだ。

「うわ・・・・・ありえないくらいに馴染んでるよ私」
"何を今更・・・・・・13年以上も過ごしていれば馴染むだろう"

狩り衣を着終えたところで、翡乃斗が肩に飛び乗ってくる。
もそうだね、と言って小さく笑い外に出る。翡乃斗の体が巨大化した。は翡乃斗に飛び乗る。

「嫌な風・・・・・」
"あぁ・・・・・・・・瘴気をはらんでいる"

駆け出した翡乃斗の毛が風に揺れる。はふと並走して走る姿に気がついた。

「翡乃斗、止まって」
"ん?"

翡乃斗がとまると同時に、に雑鬼が飛びついていた。は慌てて手を振り払うが、雑鬼たちに押しつぶされる。
翡乃斗が唖然としてを見ていた。

「お前、冥官だよな?」「陰陽師だよな?」「知ってる。こいつ相当の力持ってるんだ」「こいつ、晴明の邸にいるんだろ?」
「こいつ、式神使いだぜ」「でも俺たちなんかに押しつぶされてていいのか?」

プチリ、という音を聞いた翡乃斗はから距離をとった。突如の体から霊気がほとばしる。
あ〜周辺の妖を呼び寄せるなぁ、と翡乃斗は思った。
の体にのっていた雑鬼たちは霊気で吹き飛ばされる。

「お前ら、どういうつもりだ・・・・・・・私の体に飛び乗るなんていい度胸だな・・・・・・全員そこになおれ!叩ききってやるっ!」
"落ち着け、・・・・・・"
「なぁなぁ陰陽師、助けてくれよ」
「助ける?」
「強いやつらが都に来て俺たちの仲間を殺してくんだ」「人間達が大事にしている建物に仲間を追い込んで殺した。仲間は最期の力で俺たちに危機を教えてくれたんだ」
「内裏の・・・・・・・?あれはお前たちの仲間の仕業だったか・・・・・・」

は雑鬼の一体を抱え上げた。竜のような体つきをしている。

「お前たち、近頃怪しいものを見ているだろう?」
「あぁ、たくさん」「俺たちの仲間を殺してるやつがいる」

雑鬼たちは口々に言った。の眉ねがひそめられると同時に、翡乃斗が牙を向いた。
が腰に佩いた剣に手をかける。雑鬼たちがの背後に隠れた。

「・・・・・・・・昌浩っ!」
"っ!"
「翡乃斗は雑鬼たちのそばにいろっ!」

は翡乃斗にそう命令すると暗闇の中へ消えて行った。
雑鬼達が心配そうにの消えて行った闇を見ていた。

「大丈夫かな、あいつ」「やばいやつらなのに・・・・・」
"は誰よりも強い。そのことは俺たちが良く知っている。それに・・・・・・"

翡乃斗はのあとを追って駆けていく気配に気がついていた。

"やつがつけば問題あるまい"

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