「!!」
バンッと音をさせてのいる部屋に陰陽生が一人飛び込んできた。
はわずらわしそうな顔をして彼をむいた。
「いかがなさいましたか」
口調は丁寧だが、その中には怒りの色が含まれている。
陰陽生には見えないの傍らの螢斗が主の殺気を感じて体を震わせた。
「・・・・・・・・・・・・少しは静かに心を落ち着けたらどうです。まったく、鍛練が足りませんね」
辛らつとした言葉を言霊として陰陽生に投げつける。
たかが陰陽生が有能な陰陽師に敵うわけない・・・・・だろう。逆にボロボロにされるだけだ。哀れな陰陽生、年上のを呼び捨てにした瞬間に運命が決まった。
「それで、ご用事は?」
「あぁそうだ。今内裏で妖怪が暴れているとのこと。の力が必要だそうだ」
「わかりました。直ぐに参りましょう」
ニッコリと不気味なほどの笑顔では立ち上がる。
そしてさほど背の変わらない陰陽生の口を手で覆って顔を近づけた。螢斗からは見えないが、相当怒っている表情だろう。
陰陽生の垂れている手がブルブル震えている。
"、そのくらいにしておけ。気絶するぞ"
「それから・・・・・・少なくとも私はあなたよりも年上で官位も上だということをお忘れのないように・・・・・次回、何があるか分かりませんよ?」
はそう言って手を離すと螢斗を伴って現場にむかった。ここは陰陽寮。そこを襲う妖怪がいるとはいささか信じられなかったが・・・・・
螢斗は背後を振り返って陰陽生を見た。彼はブルブルと震えている。あぁ、また伝説が増えたな、と螢斗は思った。
「でか・・・・・」
妖怪もとい悪霊を見た途端、が一番初めに呟いたのはそれだった。
何人か陰陽師たちがやりあっているが、弱い。陰陽師のほうが圧倒的に弱い。は螢斗に視線を落とした。
"やらんぞ"
「面倒だな・・・・・」
剣印を結び、それを悪霊へむける。
「さっさと倒すべきだ・・・・・・・砕っっ!!」
ニッコリと笑顔で悪霊へ霊力を叩き付けた。もちろん問答無用で。
悪霊に向かった霊力はしかし、仲間達の下へ跳ね返った。
「げっ・・・・・・」
"・・・・・・・・・"
小さく呟いた瞬間、悪霊がに向かってくる。
瞬間の手の中に剣が姿を見せた。最早問答無用どころではないだろう。さっさと成仏させなければいけない。
「冥官に手ェ出すなんていい度胸だねぇ・・・・・・・」
袈裟懸けに振った剣は見事なまでに悪霊を一刀両断した。
陰陽師たちが感嘆の声をあげた。剣を消し、は身をひるがえす。
「」
「・・・・・・・成親様、昌親様、吉昌様・・・・・」
「ご苦労、私たちが来る前に調伏してしまうとは・・・・・」
「あははは、お褒めの言葉はいりませんよ。というかできれば陰陽生のことだけどうにかしていてください」
"・・・・・・・・・"
昌浩の父と兄は螢斗に通訳を頼んだ。
"・・・・・・つまりはもう一度しつけしなおせ、ということだ"
「・・・・・何かあったのか、」
「別に、ですよ。では私はまだ仕事がありますので」
不機嫌を絵に描いたような顔のはそのまま自室へと戻っていく。
三人は苦笑するしかなかった。螢斗が主に変わって謝る。
"すまないな、いい気分で仕事をしていたところを年下の陰陽生に呼び捨てにされただけのことだ"
なるほど、と三人は思う。つまりは相当簡単にまとめてしまえば、怒っているのだ。
しかも相当頭にきているらしい。目の前から来る人物にも気がつかず歩いて行った。
"!"
「えっ・・・・わぁっ!」
「危ない!」
ぶつかった反動で後ろに倒れかけたを誰かが引き寄せた。
「いつつつ・・・・・・・・・・すみません・・・」
「いや、大丈夫かい?殿」
「・・・・・・ゆっ、行成様っ!!」
自分の体が誰にぶつかったのか、気がついて驚いたは立ち上がろうとしてさらに足を滑らせる。
「うわっ!」
「おっと・・・・・・・」
行成がすぐの腕を引いて止めてやった。
「大丈夫かい?」
「・・・・・・・・すみません・・・・・・・・・・・・・」
"っ!大丈夫か?"
「うん・・・・・」
はシュンとしてうつむいた。
行成は微笑んでの頭に手を置いた。
「私のことなら心配はいらないよ」
は顔をあげて行成を見た。
そしてハッと上を見上げた。黒いものが落ちてくる。否、襲い掛かってくる。
「行成様!!」
吉昌たちが気がつき、印を放つが間に合わず行成に向かっていく。が行成の体を押した。
"!!"
螢斗の引きつった叫びが響く。
の肩に黒いものの牙が突き立った。黒い黒い獣だった。
「っ!!」
は引き連れた声を出し、そして獣をつかんだ。右肩から血が流れ出している。
「行成様・・・・・お逃げください」
「し・・・・・しかし」
「いいからはやくっ!!」
の強い口調に行成はハッとする。この陰陽師は何か自分には見えないものと戦っていると・・・・・
「わかった・・・・・」
行成はそう言うとその場から放れていった。
はそこで手を離す。獣はを睨んで牙をむき出していた。
「螢斗・・・・・・」
"あぁ"
の隣で神気が噴出す。螢斗は人の姿になった。
それを見た獣が逃げ出す。
「追って!」
の命で螢斗の姿が獣を追い出す。
は右肩の怪我に触れた。思ったよりも深いらしい。血は止まることを知らないかのように流れ続けている。
「痛・・・・・・・い」
ふらりとの体がかしいだ。それを誰かが抱きとめる。
吉昌たちがハッと息を呑んだ。
美しくくせのない黒髪、そして翡翠色の瞳。とりあえず陰陽師らしい彼は軽々との体を抱き上げた。
「安倍の邸でいいな?」
「えっ・・・・その声は・・・・」
聞き間違えるはずもない。が幼少のころよりそばについていた二人の神の片割れ・・・・・・翡乃斗だ。
安倍家三人は目を白黒させて状況を判断しようとした。
「つれて行くぞ」
を抱いている男を陰陽師たちは本能で恐れた。闇を統べる存在の男を。
吉昌は感心してしまった。あの騰蛇といい、彼といい・・・・・強い力を持つ陰陽師の子供二人は神に好かれる体質だと・・・・
部屋にいきなり現れた青年と其の青年の腕に抱えられた血の気のないの姿を見た晴明は瞠目した。
「一体何が・・・・・・」
「異邦の影がを襲った。行成に被害が及ばぬよう守ったとき、怪我を受けた」
「晴明様」
晴明の背後に儚げな美貌の少女が姿を見せる。金糸のような細い髪に数々の装飾をほどこしてい
十二神将、天一だ。青年はゆっくりと首を振った。
「普通の治療で間に合う。それに天一には少しばかり荷が重いだろう。朱雀も怒るだろうしな」
「よくわかっておる」
「何年ここに居候させてもらっていると思う。十三年だ。それだけ時間をかけてわからないわけがない」
翡乃斗が冷え冷えと言った。その口調は晴明の配下十二神将がひとり青龍に通じるものがある・・・ような気がした。
小さくが身動きした。翡乃斗はそっと彼の顔をのぞきこむ。
「大丈夫か、」
「・・・・・だって・・・・・・・翡乃斗」
、と訂正しておき、は晴明を見た。
「・・・・・・・・どこ?」
の言葉に晴明は苦笑した。翡乃斗が呆れたように息をついた。
「ここは晴明の邸だ。傷は痛むか、」
「ううん・・・・・・・・大丈夫だ。それよりも晴明、話したいことがある。ついでだから言うが」
翡乃斗が腰をおろし、を自分に寄りかからせる。は文句を言いたそうに翡乃斗を見たが結局は何も言わずに晴明を見た。
「実は・・・・・・」
の報告に晴明は眼を閉じた。
彼まで感じたということはもう目をそらして入られない。
「、しばらくは休め。怪我が治り次第、都の警備を増やしたほうがいいだろうと帝に言ってくれるかの」
の顔が嫌そうに歪んだ。晴明は苦笑する。
「そんなに嫌うこともあるまい」
はふぃっと顔をそらせた。その横顔にははっきりとイヤだと書かれていた。
今上の帝の后はのことを大変可愛がっていた。都合がいいな、と甘えていただったが、いつの間にか敬語なしでも話すことを許されていた。
唯一帝に対して対等に話せるのである。
はしばらくしてから息を吐き出すと、晴明を見た。
「わかった・・・・・とりあえずは言ってみる」
「うむ。頼んだぞ」
「・・・・・・・・・さて、傷は」
が傷に触れようとすると翡乃斗がそれを押しとどめた。
は怪訝そうな顔をして式神を見る。
「触れるな。瘴気に犯される」
見ているだけでも惚れそうな顔に見つめられてもは動じず、逆にその顔を引っ張った。
「・・・・・・・・主をなんだと思っている」
「俺の守りたいやつだ」
「平然とその顔で言われれば、たいていの女は落ちるだろうけどあいにくと私は落ちないよ、翡乃斗」
「知っている。だから平然と言った」
はたで見ていた晴明は二人の会話のすごさに目を見張る。
常人では考えられないような会話だ。
はヨロヨロとしながらも立ち上がる。
「あ〜ごめん。しばらく物忌みにして?」
「わかっておる」
「ありがと。いくよ、翡乃斗。そろそろ螢斗も戻ってくるだろうから報告を聞かないと」
「あぁ」
二人はそのまま部屋に戻っていった。
禁鬼から知らせを受けたは難しい顔をしていた。その手の中に在るのは一通の文。
夫、閻羅王太子からのものだった。
「・・・・・星宿が変わるほどのものですか・・・・・」
あの子の運命は全てを巻き込む。本人に自覚はなくとも、彼の中の血がそうしてしまうのだ。
そして彼が血を受け継いだのは自分のせい。力に抗えなかった自分の・・・・・
何度自分を責めただろう。そして何度夫に助けられただろう。
「必ず・・・・・必ず守るわ、昌浩・・・・・・・・・」
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