パキンという乾いた音が昌浩と梓の耳に届いた。
二人は顔を合わせる。あの庵にかけられていた晴明の結界が破られた音だ。
音がすると同時に梓は符を庵に向かって投げつけていた。
今まさに、庵に入ろうとしていた黒い影が符によって阻まれる。
「オンビシビシシバリソワカ・・・・・・・オンアビラウンキャンシャラクタンっ!」
の霊力が黒い影を押し返す。昌浩はその間に庵の中へ駆け込んだ。
「彰子っ!」
「昌浩・・・・あれ・・・なに」
「よくわからないけど異形のもの」
「昌浩、手ぇ貸せっ!」
「了解!!「臨める兵闘う者、皆陣列れて前に在り!」」
と昌浩の霊力が影を打ち貫く。影が負傷してもなお、彰子を狙う。
と、その影を炎が包み込んだ。炎の中で影は絶叫して霧散する。
、昌浩、彰子は唖然とした。がはた、と気がついて向かい側の屋根を見上げる。
げっ、と小さな呟きがの口から漏れた。
深紅の髪の鬼が見える。
「禁鬼・・・・・緋乃か・・・・・・」
しかし何故ここに?あの禁鬼二人はの護衛のために閻羅王太子がつけた・・・・・・・はず。
ふと人の声が多く聞こえてきた。は屋根から視線をはずし、邸のほうを見た。
道長を先頭に、行成や邸の雑色、女房たちがかけてくる。
昌浩との顔に狼狽の色が浮かんだ。本当は彼らが来る前に逃げたかったのだが。
馬から普段の姿に戻った螢斗が小さく呟く。
"諦めろ、まぁあの道長のことだ。娘を救ってくれた礼に今回のことは見なかったふりをしてくれるだろう"
「そんな簡単にことが運ぶ?」
"大丈夫だ"
螢斗はそう言うとスッと姿を消してしまった。恐らくは邸の外に出たのだろう。
主人を置いて逃げやがった・・・・・
はそう思った。昌浩はの殺気に身を震わせる。彰子がそばで首をかしげていた。
「彰子!」
「彰子様!!」
「なにがあった!!」
道長が硬直した昌浩とに問い詰めた。
二人の代わりに答えたのは彰子だった。
「お父様、行成さま、心配要らないわ。昌浩とが悪い化け物から助けてくれたの」
えっ、という顔をして行成も道長も二人を見る。
も昌浩も顔が真っ赤だった。
「二人ともいい陰陽師になれるわ」
あの化け物を倒したのは禁鬼だけど・・・・・と内心では呟いた。
もう既に彼の気配は消えている。主の元に戻ったのだろう・・・・・・たぶん。
その後二人は道長から褒美をやろうという申し出を必死で辞退した。東三条殿に無断で入ったから本来ならば、厳重に処罰されるところだ。それが褒美など、もらえるわけがない。
は東三条殿から出ると螢斗の姿に気がついた。彼は門の傍で寝ていた。
「螢斗・・・・・・・」
の殺気の混じる声に気がついたのか、彼が眼を覚ます。主が怒っていることを見るとふわぁと欠伸をした。
"禁鬼がいたのだから問題あるまい"
「ありすぎだ!!」
"何故だ?"
「翡乃斗はどうした、あいつは?」
"翡乃斗ならば都に潜入した何かを探っているところだ"
「・・・・・・・・・・」
の顔色が変わった。
"何かが起ころうとしている・・・・・・・・内裏の火事もただことではないな"
「そう」
は昌浩に顔を向けると微笑んだ。
「帰ろうか」
「うん」
は晴明の隣に座っていた。
「そうか・・・・・お前の見立てではそうなったのか」
「はい」
「ふむ・・・・・」
ふと部屋の中に別の気配が入り込んだ。
晴明が顔を上げ、少し腰を浮かせる。それをが制す。
「父上、私の護衛です。今は昌浩につかせていますが・・・・・・・どうしました、緋乃」
の言葉に部屋の入り口に深紅の鬼が姿を見せた。
晴明の眼が見開かれる。
「東三条殿にて妖が。どうやら藤原の一の姫を狙ったものと思われます。昌浩様、様がそちらへむかいました」
「そうですか。それで一の姫は?」
「無事です」
「わかりました。引き続き昌浩のそばにいてください。父上、それでよろしいですか?」
「かまわん」
緋乃の姿が消えた。晴明はに微笑みかけた。
「そういえばは星読みが得意じゃったのう。おかげで昌浩はさっぱりじゃ」
「あらひどい。それでは私がまるで昌浩の星読みの力をすべて持っていってしまったようじゃないですか」
はクスクスと笑う。晴明も笑っていた。
傍らの禁鬼が小さく笑い声を出した。
「あら、弓狩。珍しく笑ってくれましたね」
"珍しく・・・・・・って"
「あなたは滅多に笑いませんからね」
小さく首をかしげるとは目の前の水盤に眼を戻した。晴明もそれを見る。
そこには巨大な黒い影が映っていた。
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