昌浩が元服して早数日。
と昌浩は一緒に出仕していた。
しかし仕事の内容は違いすぎるほどに違った。
は主要の仕事を、昌浩は雑用だ。
彼は仕事に暇ができると、書簡庫にむかい陰陽寮史などを読んでいた。
それにはたくさんの晴明の名が記されていた。ところどころに小野、とも記されている。これには意外だった。

「ほれ、昔が言っていただろう。藤原の姫に憑いた魂を冥府へおくったって」
「それ昔っていうよりも少し前だって・・・・・・」

昌浩は物の怪にむかって、ついにぼけたか、と笑いながら言った。
そしてハッと外を見やる。物の怪が首をかしげた。

「どうした、昌浩」
「なにか・・何かが起こっている」

昌浩が異変に気がつく約半時ほど前のこと。
は式盤と睨み合っていた。思い出すのは数日前に聞いたの言葉。


"何かがこの都に潜入しています。昌浩には騰蛇と禁鬼を一人つけました。あなたは・・・・・・"
"心配ないよ。翡乃斗も螢斗もいるから"
"・・・・・相当な力を持っているようで・・・・・はっきりとした力はわかりませんでした。どうか気をつけて"
"了解"


は晴明の力を一番に継いだ子供だと閻羅王太子から聞いている。それと同時にいらんことまで聞いているが、まぁそれは既に記憶からは消えている。

"姫が気をつけたほうがいいと言うのだから、気をつけるにこしたことはないだろう"
「でもいったい何が入り込んだと・・・・・・・・・鬼門は安倍が裏鬼門は小野が封じているのに・・・・・・・・」
"隙間だな。それかこの都を守る結界が緩まったか・・・・・"

先ほども占った。答えはの言葉とさして変わらなかった。
螢斗が鼻をひくつかせた。

"嫌な気配だ・・・・・"
「そうだね・・・・・・」

式盤をしまおうとした手が止まった。バッと振り返る。螢斗も立ち上がって、牙をむき出した。

「煙の匂い・・・・・・?」

途端、耳に悲痛な叫びが聞こえてきた。

「くっ・・・・・・」

死にたくない、熱い、苦しい、助けて・・・・・・・いくつもの魂が冥府へむかっている。
は駆け出していた。
たどり着いた先は清涼殿と後宮。美しいはずのその場所は今、真っ赤に燃えていた。
「・・・・・・・」

は絶句していた。まだ夏の半ば、明かりをつける時刻でもない。
火をともすはずの場所とも違う。

「何故・・・・・・・・」

は化生の気配を感じ取った。螢斗に眼を落とすと、彼は馬に変化していた。

「東三条殿・・・・・・・・道長の邸だ!」

螢斗に飛び乗ると、道長の邸へ駆け出す。途中昌浩と物の怪の姿を見つけた。

「昌浩っ!」

昌浩の腕を引っつかみ、螢斗の上へあげる。
昌浩は突然のことに目を白黒させていた。
物の怪がいち早くのことに気がついた。

「お前も気がついたんだな?」
「もちろん。そこまでマヌケな陰陽師じゃない」
「えっあっ・・・・・・?」
。昌浩、ちょっと我慢してね」
「えっ!?」

はそう言うと螢斗に拍車をかけた。
藤原邸の前に牛車がとまっていた。昌浩がそれを見て慌てる。

「螢斗っ!」
"わかっている!!"

螢斗は牛車の手前で大きく空中に跳んだ。
昌浩の体が一瞬宙に浮く。次の瞬間にはもう地についていた。
螢斗は妖気を感じる場所へ駆けて行く。後ろで誰かの声がした。

「やばいね・・・・・あれ、行成様だよ・・・・・」
「うわっ・・・・・・」

ばれたらお咎めを受けるだろう。左大臣家に断りもなしに入ったのだから。
昌浩はあまりのことにショックを受けている。物の怪が目の前で白い尾を振っても気がつかない。

「彰子様!」

そして二人(と二匹)がたどり着いたのは、藤原の姫、彰子のいる庵だった。

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