もといは陰陽寮に属していた。
男装しているのにも安倍家に居候しているのにもそれなりのわけがある。
「螢斗・・・・・」
"なんだ"
「今日も多いね・・・・・・」
"あぁ"
がそう呟いた。傍らの螢斗がうなづく。
内裏には数多くの異形がいた。殆どの者は見えないので、それはそれで幸せだった。
が、見える者にとってはただの苦痛でしかないだろう。
もまたそうだった。異形たちはの力を見て、噂している。
こんな状況(仕事中)じゃなければすぐさま祓ってしまうのだが・・・・
「の・・・・・・殿」
"、呼ばれている"
螢斗の声には我に返る。振り向くと歳若い公達数名がを呼んでいた。
「何かご用ですか?」
「あぁ。少し話がしたいんだがいいかね?」
「かまいませんよ」
は筆を置くと立ち上がり、公達のもとへよった。
「何か?」
「あぁ、今夜宴を開くつもりなんだ。君もどうだい?」
「お気持ちは嬉しいのですが、すみません。今夜は・・・・・」
「そうか・・・・」
がそう言うと公達たちは残念そうな顔をした。
の女っぽい容姿(実際に女だ)が公達のお気に入りでしばしば宴に誘われているのだ。
とりあえずあまり関わりたくないは既にという許婚がいるということで逃げている。
公達はその言葉を信じ、夜は二人っきりでいられるように願いを引っさげてくれるのだ。
「またお誘いください」
が笑顔で言うと公達の顔が赤くなった。
「わかった。それでは、仕事中に邪魔したね」
邪魔しすぎだ、と内心で毒づきながらは見送る。
彼らの姿が見えなくなるとは仕事を再開しようとした。しかし
「殿」
「・・・・・・・・何用でしょう」
振り向くと、いたのは見知った顔の雑色だった。
「あなたは左大臣家の・・・・・・」
「はい。道長様が殿をお呼びになっております」
「・・・・・・・・わかりました。すぐに参りますとお伝えください」
雑色はかしこまりました、と言って大臣家へ戻る。
は溜息を一つつくと机を片した。
"よく呼ばれる日だな。ところで今更だが、翡乃斗はどうした?"
「散歩。螢斗、探して連れてきて」
"わかった"
螢斗の姿が消える。
はそれを見ると左大臣家へむかった。
取次ぎ役の女房に用件を述べるとすぐさま道長のいる部屋へ通される。
中に入ったはちょっとだけ眼を見開いた。
昌浩と吉昌がいるのはもちろんのこと、藤原行成がいたのだ。
「おぉ、」
「あっはい」
「彼は安倍昌浩、晴明の末孫だ。今度陰陽寮に入るだろう」
もう知ってます、とと昌浩は思った。吉昌が苦笑している。
は行成の隣に腰をおろしながら聞いた。
「昌浩、彼は橘だ。昔私を助けてくれたことがある」
「はい。えと、宜しくお願いします」
「昌浩殿、こちらこそよろしく。何か判らないことがあったら是非聞いてくれてかまわない」
「ありがとうございます」
昌浩の傍らにいた物の怪が感心したように呟いた。
「ほぉ・・・・・見事違和感なく男を演じきっているな」
は口ぱくで『黙れ』と言った。もちろん道長も行成も気がつくはずがない。
昌浩と吉昌は苦笑気味だった。
その後昌浩たちは家に戻った。は行成が話があるから、と引き止められていた。
「あの・・・・話とは?」
「あぁ、明晩私の邸で宴を開くつもりなんだが・・・・どうだい?」
「えっ・・・・・・」
は困ったように視線をそらした。本日二度目の誘い。
にとっては行成から誘われるなど嬉しい限りだ。しかし・・・・・・・
「すみません・・・・・・行成様、お誘いは嬉しいのですが許婚が館で待っていますから・・・・・」
「そうか・・・・それは残念だ」
「すみません・・・・・・・」
は行成に頭を下げると、左大臣家から出て行った。
後悔と悲しさを覚えながら。
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