「遠縁の姫君?」
「あぁ、なんでも父親が赴任で都から離れるらしくてな。体の弱い姫君を俺たちに預けたってわけだ。安倍家なら悪いものに狙われたって大丈夫だろう?」
「昌浩、ご飯だって」
が安倍家の末孫、昌浩の部屋に顔を出した。その肩に黒猫のような体躯をした、しかし耳と尾は長い、ものが座っていた。
の足元には黒狼もついている。
「おーおー、昨日も派手にやったんだってぇ?」
肩に乗ったものがそういった。
昌浩ともう一人、白い毛並みをした猫とも犬とも違う、他のどんな動物でもないものがを見上げた.
愛着のある姿をして入るが、物の怪、化け物、妖・・・・・色々言われている。本人は昌浩から物の怪のもっくんという愛称で呼ばれている。
"やれやれ・・・・・・あばら家倒壊か・・・・・・・・ならば、もっと手早くやるぞ?"
「うっさいなぁ・・・・・・なんなら螢斗がやってくれればよかったのに」
螢斗と呼ばれたのは黒狼、の式神だ。
はけらけらと笑った。
「だめだめ、私昨日はほんとっ忙しかったんだから」
「冥府の仕事?」
「うん。面倒な魂が逃げ出してさぁ・・・昌浩の様子見ついでに探して・・・・・・・・夜中中都を走り回ったわ」
「それはご苦労なこった」
昌浩とはそう話しながら朝餉を取りに向かった。
「おはようございます」
「あぁおはよう」
昌浩の父、吉昌が二人を見つけ声をかける。
「昌浩、仕度はできたか?」
「あ、はい」
「どこかへ行かれるのですか、吉昌様」
「ん?あぁ、左大臣家のお邸にね」
「藤原の家に?」
「知っているのかい?」
「知っているも何も・・・今一番の出世頭でしょう?しかも一度、藤原の姫についた魂を冥府へ送り返しましたから」
はじっと吉昌を見た。吉昌は何かと首をかしげた。
「ところで、預かったという遠縁の姫君は?」
「あぁ・・・・・・・・・・・父上が今話をしているところだ。多分しばらくしてくると思う」
とそう話している所へ晴明が姫を引き連れてやってきた。
「あぁ昌浩、話は聞いていると思うがお前の遠縁の従姉、姫だ。くれぐれも喧嘩などするでないぞ」
「しませんって・・・・・・・」
「姫、昌浩じゃ。仲良くしてやってくれ」
「はい」
は昌浩を見るとニッコリと笑った。昌浩の頬が赤く染まる。そんな昌浩を物の怪は見ていた。
「昌浩、もしかして惚れたのかぁ?」
そう言って昌浩をからかい、視線を外すと姫へ移した。姫は視線に気がついたのか物の怪を見た。
「晴明・・・・この姫には見鬼の力があるのか?」
「おぉ、あるとも」
晴明は嬉しそうに言う。姫はしゃがんで物の怪と視線を合わせた。
「はじめまして、可愛い物の怪さん」
物の怪は姫の肩に飛び乗った。昌浩が慌てて捕まえようとするが、はそれをやんわりと止めた。
「大丈夫・・・・・・フワフワで気持ちいいわ」
物の怪は嬉しそうに眼を眇めている。
「昌浩・・・そろそろ行かなければ」
「はい。もっくん、行くよ」
「おぅ。じゃっ、またな」
「はい・・・・・昌浩殿・・・」
「昌浩でいいですよ姫」
「・・・では私のことも、とお呼びください、昌浩・・・・・・気をつけて」
「はい」
昌浩と吉昌は出かけて行った。いつの間にかも烏帽子姿になっている。
はそれを見ると首をかしげた。
「まぁ、・・・・男装などしてどこへ行くんですか?」
「内裏」
は晴明へ視線をむけた。
「は出仕しておるのじゃ。もちろん男としてな。ちなみに男のときの名は橘じゃ」
「・・・・・いえ、、気をつけてね」
「うん。じゃっ、晴明行って来るね」
「うむ」
「翡乃斗、螢斗行くよ」
が内裏へ向かうとは背後の気配の一つへ声をかける。
「緋乃、昌浩についていてください」
"・・・・・・・御意"
気配が一つ消え、声が聞こえた。
"何故彼に?"
「嫌な予感がします・・・・・・」
主の言葉に気配はただ従うだけ。気配はそれっきり黙った。
は笑みを浮かべて背後を見やる。
「緋乃のことが心配ですか、弓狩」
"いえ、そんなことはございません"
「ならもう何も言わないで」
"はい"
は晴明にあてがわれた部屋にむかった。
不穏な気配のもとを探るために。
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