「おーおー昌浩も藤の姫もお暑いことで」
の冷やかしの言葉が入ると昌浩も彰子もびくりとしたように体をすくめた。傍らで物の怪が呆れたようにを見上げている。
「お邪魔します。あっ昌浩、お帰りーお疲れさん」
「も好きだよね・・・・・っていうか俺が手伝いに来てくれるものだとばっかり思ってたんだけど!」
「いいじゃん、螢斗たちむかわせたんだし」
「あいつら触手切りながら暇そうにしてたぞ」
「ははは、それはありえそうだなーってと・・・・・・・そうそう、がいなくなっちゃったよ」
「えっ?!」
昌浩は驚いた顔でを凝視した。彰子も軽く目を瞠っている。
「元々は父親が赴任するからってことで預けられたんだし、父親が戻ってきたらしいからさ・・・・・」
「そっか。俺、姫にはお礼も言えなかったな」
「は知ってるよ」
俯いた昌浩の頭をはぽんぽんとたたく。昌浩は顔をあげると軽く笑った。
「で、お前はなにをしにきたんだ」
「あぁ、藤の姫に話が」
「」
彰子に名を呼ばれはそちらをむく。真っ直ぐ、真剣な瞳と目があった。
「彰子って呼んで。藤の姫じゃなくて、彰子って呼んで」
「・・・・・・・・・彰子」
「うん」
嬉しそうに笑った彰子を見ても軽く笑う。くすくすと笑いを堪えるを二人と一匹は不思議そうに見た。
「お前なにそこまではまってるんだ?」
「いやぁ・・・・・・・彰子を見ていたらさ、翡乃斗と螢斗に出会ったときのことを思い出しちゃって」
「へぇ・・・・・・」
「だってあの二人すごい大真面目な顔して我らに名はないって言うんだ。それから名をつけろって、式に降りるのになんか偉そうでさぁ・・・・・・ちょっとこらしめてやったっけなぁ・・・・・・」
「さん、黒いです・・・・・・・・」
昌浩の言葉に彰子はくすくすと笑いをこぼす。も笑って彰子を見た。
「彰子、昌浩」
「うん?」
「来年は絶対にいけるといいね」
の笑顔が何を意味するのかはわかった。昌浩も彰子も笑顔でうなずいた。
「私も一緒に連れてってもらえる?」
「えぇ」
「も?絶対に迷子になるって・・・・・・」
「昌浩、あんたねぇ・・・・・・・・私はそこまで方向音痴じゃないわよ」
は昌浩の頭を軽く小突いた。
賑やかな笑い声の上がる部屋を晴明は見ていた。
「・・・・・・・・」
そっとその場を立ち去り部屋に戻る。
そして文机の上においてある文を手に取った。からのものだ。
『父上、いきなり姿を消すことお許しください。まだ昌浩の天狐の血は目覚めぬでしょう。ただ、はっきりとした確証はありませんが、天狐の血はほんのちょっとのことでも目覚めてしまう。私がそうであったように・・・・・・・・ですから、父上。あまり昌浩を苛めないでくださいね。母上も・・・・・・・・・心配なされますよ。老体なのですから、もう少しご自分の体を労わってくださいね』
「やれやれ、厳しいのう・・・・・・・・・」
"それもまた愛情の形だろう?"
「おや、翡乃斗、螢斗。のそばにいなくていいのか?」
「さして問題なかろう。ここが安倍の屋敷だと知って入ってくるものもいないだろうし」
螢斗のそばで翡乃斗はうんうんとうなずいている。
晴明は軽く苦笑して二人を座らせた。
「窮奇の呪詛はどうなる」
「体内に残ったままじゃろう。瘴気のほうは問題なかろうが・・・・・・もう神事は行えぬ」
"昌浩に関わる者の運命が大きく動くと空には出ていたな・・・・・・・"
翡乃斗は暗い星空に目をむけた。無数の星星がそこでは輝いている。
"このことだったのか、と今では納得できる"
「天照も月読も興味深げだった。神をも巻き込み、運命を変えることのできる人の子・・・これからどうなるのか、と」
晴明はふぉっふぉっふぉと笑う。
「昌浩にそこまで期待がかけられておるとはのう」
「期待というか面白いもの好きだからな、あれらは」
螢斗たちは軽く笑った。
「まぁ我らもあれが面白いうちは助けてやろう。の命令でなくともな」
「ありがたい」
"いい暇つぶしにもなりそうだ"
くっくっくと笑い声を残して二人の姿が溶けるように消えた。晴明はじっと二人のいた場所を見ていたが、やがて立ち上がると昌浩の部屋へと足を向けた。
昌浩の部屋のほうからは未だ賑やかな声が聞こえていたのであった。
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