庭に出たの髪が風に揺らめいた。ゆっくりと閉じられた瞳の裏にある景色が見える。


"心を落ち着かせて。ゆっくりと見たい者へ意識を飛ばすんだ"


「昌浩・・・・・・・・・」

一瞬のうちに意識が体から抜け落ちる。崩れたの体を神将が支えた。

そこは平安京ではなかった。少なくとも、この国ではない。
しばらく考えては気がついた。

『窮奇が作り出したまやかしの空間・・・・・・・・』

そしてはその姿を見つける。

『昌浩!!』

昌浩は巨大な妖異にのしかかられ、腕に牙を突きたてられ倒れている。牙を突きたてられている腕からは血がボタボタと垂れていた。
昌浩のそばにいる騰蛇と六合は牽制されて動けないでいる。

『このまぬけっ!あんたたちが傍にいながら・・・・・・・・・・・』

とは言いつつも聞こえるわけないし、助けられるわけでもない。
そのときである。

「安倍晴明が鍛えた降魔の剣だ!」

鋭利な叫びが風を裂いた。
青龍が何かを投じたように右手を抱えていた。窮奇は左目を押さえている。その左目から絶えず血が零れ落ちた。

『昌浩っ今よ』

その声が聞こえたのかどうか、定かではない。だが昌浩は窮奇の顔面に突き刺さった剣を引き抜き、眉間につきたてた。

「雷電神勅、急々如律令――!!」

昌浩の叫びを受けて白刃のような純白の聖なる雷が飛来する。
轟音を伴いながら飛来したそれは降魔の剣に落下し、大妖を貫く。さらに騰蛇のはなった白炎の龍が襲い掛かった。
凄まじい爆風と共に窮奇の体がはじけ散る。激風に吹き飛ばされた昌浩は遠のく意識の片隅で知らないはずの言葉を聞いた。

――信じる信じないはお前たちの勝手よ。だが、違えることはないと、心得よ。

衝撃にの思念体も吹き飛ばされる。
体がビクンと揺れると同時に目を覚ました。心配そうにがのぞきこんでいた。

・・・・・・」
「はぁ・・・・・・・・なんかすごいもの見ちゃったわ。で、がいるってことは私神将に連れ戻されたのね」
「はい。その分だとどうやら昌浩はやったようですね」
「うん」

は自分の体を見回す。何処にも怪我はないようだ。
一息ついたは茶を手渡す。熱いそれを一口すすっては晴明の部屋のほうをむいた。

「これから昌浩の気苦労が思われるわ〜」
「ふふっ、帰ってきたら驚くでしょうね」


二人の和やかな会話を不機嫌最高潮の声がさえぎった。

「あっ翡乃斗、螢斗、お帰りー。ご苦労さん」
「お前・・・・・・・・・・あれほど禁じていた思念飛ばしをやったな」
「あっばれた?」
"あっばれた?ではない、このたわけ者っ!!"

翡乃斗の大声にはひゃっと首を縮めた。螢斗も額に青筋を立ててをにらんでいる。

「下手したらあのまやかしの世界に囚われ、一生戻ってこれなかったのだぞ!むしろ思念体ごと、消滅していたかもしれないのに」
"月読か?!月読にそそのかされたか?!"

は耳を指でふさいでいる。はころころと笑いながら、二人の神を押しとどめた。

「まぁまぁ、お二方。とて戦いたくてしょうがなかったのですよ。こうして無事にいるのですし、よしとしてはいかがでしょう?」
「安倍の嬢、思念飛ばしはそれだけでも霊力を多大に浪費し、一歩間違えれば死ぬ技だ!」
"そうとわかっていて月読は教えたのだ!!"
「それはを信用してのことですわ。以外の人間ならば教えもしなかったでしょう。紫が失敗するはずないと知っているから教えたのですよ」

笑顔のに二人は詰まってしまう。何もいえなくなった二人には笑みをむけた。

「大丈夫、きっとこれからはもう多分使わないから」
「きっとと言いつつ多分と言っているぞ、お前・・・・・」
"今回だけは見逃すからな・・・・・・・・"
「・・・

小さな声が聞こえた。螢斗と翡乃斗は厳しい顔をして振り向く。そこに脅えた表情の彰子がいた。

「藤の姫、どうぞお入りください。ほらほら、あんたたち邪魔」

彰子はおずおずと入ってくる。そして紫の前に座ると両手をついて礼をした。
以下は唖然として声も出ない。やがては慌てて言った。

「藤の姫、頭をお上げください。私に何故礼など」
「晴明様から聞きました。私が呪詛を発動させてしまった時、その瘴気を身に受けたのだと」

螢斗と翡乃斗の痛い視線が突き刺さる。そういえば二人にはナイショにしていたな、とは思う。
またあとで怒られそうだな、と内心で思うがそれはさておき

「藤の姫、あれは私が選んだことです」
「でもそのせいで・・・・・・・呪いが進んでしまったと・・・・・・・」
「・・・・・・・・私は自らの運命を受け入れています。あなたがそんな、辛そうな顔をする必要はないのです。それに・・・・・・・私はあなたを守ると約束したでしょう?」

優しく彰子の頭を撫でては微笑む。

「さぁ、晴明の部屋に行きましょう。昌浩もやってくるはずですから」
「はい」

彰子とともに部屋を出て行くを見送っていた三人。

「終りましたね・・・・・・・・・」
「安倍の嬢はどうするのだ」
「冥府へ戻ろうかと。もういても意味はありませんしね・・・・・」
"そう言っているわりには寂しそうだな"
「彰子姫ともお知り合いになれるかと思ったのですが・・・・・・残念です」
「晴明には言ったのか」
「はい。既に・・・・・・・・にはいつでも会えますしね」
"頼むから主を苛めるな。
「考えておきますわ」

そう答えは立ち上がる。スッと禁鬼達が姿を見せ、翡乃斗、螢斗に一礼した。

「それではお二方、またお会いする日まで」

三人の姿が唐突に掻き消える。残された二人は軽く溜息をついた。
そして晴明のもとへと向かったのであった。
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