はじっと気配を探っていた。ここ数日都にある水辺をくまなく探し回っているのだ。異邦の大妖怪窮奇を探して。
だが・・・・・・
「なにもないな」
"見事なまでに"
「・・・・・・・・・・」
"?"
背後にいるはずのを振り向いた螢斗は固まった。
草の上に横になってすやすやと寝息を立てているがいる。翡乃斗が溜息をついた。
「に報告をしたあとも都へ出て、昼間は出仕、夜間は見回り探索の繰り返し・・・・・・ここのところ全然眠っていないな」
"ばかな主だ・・・・・・・"
本人が聞いたら怒るであろう言葉を呟いて、螢斗は人の姿を取る。肩に巻いていた長布でをくるむ。
「ここも違うようだな」
"あぁ・・・・・・・・いったいどこに潜んでいる"
貴船から高於神にばれず姿を消せる場所などないはずだった。
天津神でもある螢斗、翡乃斗は十二神将よりも遥かに優れている。探知能力も伊達ではないはずだ。
それなのにその探知にも引っかからない。
「異邦の妖異とはここまでのものなのか」
"頭にこないこともないな"
「確かに」
ガサッと音がしてが起き上がった。肩から螢斗の長布が滑り落ちる。
「かえる」
"?"
不機嫌さを隠そうともせず立ち上がったを二人は怪訝そうに見やった。は長布を手にすたすたと歩いていく。
二人は互いに顔を見合わせると物の怪に姿を変えてのあとを追った。
「どうするのだ、。窮奇一行のこと」
「別に。そのうち出てくるよ」
"おいおい・・・・・それではまずいのではないか?"
「大丈夫」
どこからその自信が出てくる、と溜息をついた。やはりにも確実に小野篁の血が流れているのか、と考えて二人はなんだか悲しくなった。
は安倍家に帰りつくと同時にまた倒れるように寝てしまった。仕方なしに螢斗がを連れて行く。
「晴明・・・・・・」
翡乃斗が晴明の部屋を訪れる。十二神将青龍がにらんでくるがそれを無視し、言葉を続ける。
「昌浩ももどうにかならんか。あれらは放っておけば余計に傷つくぞ」
「翡乃斗、さだめを変えることの重さは神であるお主も重々承知のはずじゃ」
「だが、は・・・・・・」
「翡乃斗、はわかっておるよ」
そう晴明が言うと翡乃斗は黙ってしまった。そっと、あの白い物の怪と同じ頭に手をのせる。
「我ら神が一番非力なのかも知れんな」
「晴明、いい?」
「おぉ、。うむ」
「あぁ翡乃斗、戻っていいよ」
いつ目を覚ましたのか、が晴明の部屋にやって来た。翡乃斗はを見上げる。は軽くその頭を撫でると晴明の前に座り込んだ。
翡乃斗はいささか名残惜しそうにしながら姿を消した。完全に気配が消えたのを確認したは笑みを浮かべた。
「いつものやつお願いしていい?」
「かまわんよ。にしても・・・・・・鍛練することが悪いとは言わないが、あの二人の気持ちも感じたほうが・・・・」
「うん。わかってる。でも・・・・・・あの貴船みたいなことがあったら今度こそあの二人は天津神に処罰される。あの二人が暴走しても平気なように・・・・・私は強くなる。異邦の妖異にも負けないように」
「・・・・・・・・・・頑張ってくるのじゃ、」
「わかってるよ」
はそう言うと部屋に戻って行った。部屋では螢斗と翡乃斗が丸くなって眠っている。
はそれを見ると壁に立てかけてあった狭霧丸を手に屋敷を出て行こうとする。
「」
「・・・・・・何も言わないで」
「俺を置いて行くの?」
「やぁね、ただの鍛練よ」
は笑顔で背後を振り返る。昌浩は憮然とした様子でをにらんでいた。
「じい様に何を頼んだのか知らないけど、二人を心配させないほうがいいよ」
「それを言うなら昌浩も。騰蛇が逆上するって」
「もっくんは平気だよ」
「昌浩・・・・・・・」
はそっと口元に指を持っていった。思わず声を荒げてしまった昌浩ははっとして口を手で覆う。
「ごめん、でもどうしてもいかなきゃいけないんだ」
はそう言うと塀を登って闇に消えてしまった。昌浩はゆっくりと体を反転させると部屋へと戻って行った。
は闇を縫う様にして走っていた。
貴船にたどり着いたは中へと踏み込んでいく。やがて清浄な気がその場を満たした。
「遅かったな、」
「色々とあったのよ」
の狭霧丸が月の光をはじいて煌く。の目の前に立つ青年はゆっくりと月光の元に姿を見せた。
「はじめましょう、月読」
「・・・・・・・・・あぁ」
二人の剣がぶつかって音を立てた。
は月読に剣の稽古をつけてもらっていたのだ。
この場で翡乃斗と螢斗が暴走したとき、彼女は自らを傷つけて止めることしかできなかった。
その結果があれだ。二人の体に暴走を止める刺青・・・・・・月読から聞いた時には衝撃を受けた。
体を覆うようにして彫られた美しいが、しかし彼らを諌める紋様・・・・・・
「甘いっ!」
「あっ」
キンッと高い音がして狭霧丸が跳ね飛ばされた。は右手を押さえる。押さえた左手から血が染み出してくる。
月読が剣を地に突き刺して、近寄ってきた。
「すまなかった・・・・・・」
「大丈夫」
月読が手に布を巻いていくのをはぼぉっとしてみていた。
「、終った。?」
「あっなに、どうしたの?」
「・・・・・、お前があの二人をかばうのもわかる。しかし・・・・・・」
細い指先がの目元をなぞっていく。
「最近寝ていないだろう」
「・・・・・・・・・・」
「私との稽古、都の見回りに出仕・・・・・・・・・・・異邦の妖異たちと出会う前に参ってしまうぞ」
「でも私は・・・・・・」
「強くなる。わかっているよ。だから今夜だけは・・・・・・・・ゆっくりとお休み」
自らの着物を一枚脱ぎ、月読はそれでを覆う。は着物に包まれながらゆっくりと眠りに落ちていった。
規則正しい体の動きを感じながら、月読は溜息をついた。
「高於、人は無茶をするものなのだね」
「あぁ」
誰もいない空間で声がした。
「でも・・・・・・・・だからこそ興味が持てる。ふふっ、本当に出会えてよかったよ」
「はどうだ?」
「強くなっているよ。二人を守りたい。その想いが彼女を強くしているんだ」
月読は愛しそうにの頬を撫でた。小さな笑みが零れ落ちる。
「私はを愛しているからね、この子のためならば何をしたってかまわないさ」
声は何も応えない。月読もそれでいいのか、ゆっくりとの頬に唇を落としたのであった。
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