久し振りに出仕したを待っていたのは大量の仕事だった。
「うわーこれじゃぁ定時に帰れないじゃん」
「そこか」
物の怪がびしっと突っ込む。は山となっている書簡を簡単に整理しながら、露樹様のご飯〜(泣)と歌っている。
螢斗と翡乃斗は苦笑をもらした。
「やぁ殿」
「行成様」
「怪我をしていたと聞いたのだが大丈夫かな」
もといは微笑を浮かべて行成を見た。
「えぇ。時折痛みますが今ではもうすっかりとよくなっております」
「それはよかった」
「ご心配をおかけしたようで申し訳ございません」
「いいや」
行成はの目の前に座った。
「なんでも彰子姫を救ったのだとか」
「あれは私ではありません。昌浩ですよ」
「昌浩殿か」
行成は目を細めた。
「はい。あれは力のある子です。誰よりも強い陰陽師になるでしょう」
「・・・・・・・時に、殿。神隠しについては知っているのかな」
「神隠し、ですか?一応の知識はありますが、それがなにか・・・・・・・」
「・・・・・・最近都人がよく姿を消すのだ。それについて調べてもらいたくて」
の気配がゆっくりと緊張したものへと変わっていった。
「わかりました。それで神隠しはどのあたりで起きているのでしょうか」
「水辺だ」
「水辺・・・・わかりました。今日にでも調べてみましょう」
「・・・・・・・・・」
行成は部屋の状態を見て僅かに苦笑する。
「あまりムリはしないほうがいいよ」
「大丈夫です。体が丈夫なだけが取り得・・・・・・・って怪我をしていた私が言っても説得力ないですね」
はころころと笑った。行成もそれにつられてかくすくすと笑っている。
やがて笑いを治めるとは行成に一礼した。
「神隠しの件、このが必ず原因を突き止めて見せましょう」
ニコッと微笑んだに行成はうなずいたのであった。
夜の闇に溶け込むようにしてが立っていた。
いくつものざわめきが彼女の周りを通り過ぎていく。
完全に闇と同化していた。
「・・・・・・・・昌浩?」
軽く首をかしげるとは傍らの螢斗へ目を向けた。螢斗は心得たとばかりに体を大きく変化させる。
は螢斗の背にまたがった。
闇を駆けていく。
"なにがあった"
「昌浩に騰蛇、六合の神気を感じたの」
やがて紅の焔が見えてきた。騰蛇の炎である。
「昌浩!」
「!?」
狭霧丸を抜き、螢斗の背に軽くたつ。そしてその背を蹴って宙で一回転をし、は昌浩の前に立つ。
つま先の部分に白い糸があった。は視線を前にむける。
「・・・・・・・・」
大きな溜息がの口から漏れた。
大の苦手である土蜘蛛の妖である。できれば相手にしたくはなかったが、面と向き合った以上逃げることはの(勝手に決めた)家訓に反するのである。
「・・・・・・・・・昌浩、やっちゃっていい?」
「いやでも俺、復帰第一戦だし」
「できるの?」
「できる」
と昌浩はしばし互いににらみ合う。どちらも復帰第一戦である。
戦いたい。
騰蛇と六合は顔を見合わせた。この二人がこうしている間に倒してしまったほうがよくはないだろうか。
二人の神将の考えを察したのか螢斗が言う。
"二人にやらせておけ。あちらが攻撃してきたら二人を守るという名目で動けばいいんだ"
の剣が一閃し、昌浩の声が耳朶を打つ。
土蜘蛛は糸を吐き出す。がそれを切り裂き、昌浩が霊力の塊をぶつける。
ふと土蜘蛛の姿が消えた。倒す気満々でいた二人はひょうしぬける。
"逃げたのか?"
螢斗は怪訝そうに呟きながら殺気を感じた。主を見上げれば体の周囲に炎が燃え上がっている(ような気がする)。
"・・・・・・・"
「どいつもこいつも・・・・・人のことを果てしなく馬鹿にしてるのか」
螢斗は少し苦笑した。騰蛇や六合も軽く溜息をつき、銀槍をしまい、物の怪の姿に転じる。
"、帰ろう"
「うん・・・・」
なんとなく不機嫌のまま一行は屋敷へと戻った。
「お帰りなさい、昌浩、」
「姫、まだ起きてたの?」
笑顔で迎えでたを見た昌浩は驚いたような顔をする。はうなずいた。
「二人が頑張っているんですもの」
温かいお茶を飲みながら昌浩はを見る。は昌浩の視線を受けると軽く首をかしげた。
「って・・・・・初めてあった気がしないんだ」
「まぁ。どこかで会いましたか?」
「ん〜会ってない様な感じなんだけど」
昌浩はう〜むと考え込む。が軽く苦笑して昌浩の肩を叩いた。
「昌浩、明日も出仕するんだから早めに寝たら?」
「は?」
「まだと話し込む」
「・・・・・・・・だって出仕するのに」
昌浩はそう文句を言ったが立ち上がるとおやすみと言って部屋に戻っていった。
とはそれを見送る。
「・・・・・・・・・・どうでしたか、」
「体調はとりあえず戻ってる。でも・・・・・・・」
「まだ完全ではないと?」
「うん。私も昌浩もね」
「・・・・そうだろうと思って二人のお茶に仙薬を混ぜさせていただきました」
「苦いのじゃなかったね」
「えぇ」
はほっとしたように息をつく。
はそんなの様子を見てくすくすと笑いをこぼす。
「じゃぁ私も寝るね。おやすみ、」
「おやすみなさい」
も部屋に戻り、はその場にひとりになる。縁側に出て空を見上げる。
「・・・・・・・あと少し。あと少しでも星が動けば・・・・・・・」
さだめを変えることは許されない。でも・・・・・動け、と願わずにはいられない。
昌浩のために。
「動け・・・・・・」
小さな呟きは空に紛れて消えた。
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