貴船の事件ののち、彰子は内密に東三条殿へと運ばれた。
昌浩とは傷を負ったということで出仕は控えている。今のそばに式神たちはいなかった。
がここへ戻ってきたとき、一度高天原に戻ると言って姿を消してしまったのだ。月読の使いが言うにはなんでも力を抑えるための封印を施しているらしい。
封印といえば騰蛇の金冠を思いだしたであった。
「、お客様ですよ」
褥に上半身を起こして書物を読んでいたはの声に首をかしげた。
「誰?」
「彰子姫です」
「うん、じゃぁいいよ」
部屋の戸が開き俯いた顔の彰子が姿を見せた。
傍らにはが立っている。
「姫、立っていないでお座りください」
彰子はの脇に座る。はその場を離れた。
「姫、何か?」
「はあなただったの」
「・・・・・・・・はい。そういえば姫にはお話していませんでしたね」
「父様にも?」
「はい。私は故あって男装しているものですから」
「・・・・・・わかりました。じゃぁ何も聞かないし言わない。それと・・・・・・ごめんなさい」
彰子の言葉にはきょとんとして彼女の顔を見た。
「私のせいで・・・・・・・」
「彰子姫、昌浩にも言ったのですか」
彰子は顔を両手で覆いながらうなずいた。
「・・・・・・彰子のせいじゃないよ、と昌浩は言ったでしょう?」
またうなずいた。
「私も同じことです。あの異邦の妖異たちに誰かを傷つけさせないために私はいったのです。この怪我は私自身が負ったものなのですから。彰子姫が辛く思う必要はないのですよ」
「でも・・・・・・でも」
「姫、私は陰陽師。誰かを守るために怪我を負うことは仕方ないのです。私が怪我を負うたびに誰かが責任を取っていたらきりないです」
は優しく微笑んで彰子を見た。
「姫、昌浩には笑顔で頑張ってと言ってあげてください。それが何よりの・・・・応援になりますから」
「・・・・・・・・・・」
「はい」
彰子は涙を拭いて微笑んだ。
「これからも頑張ってください。私にはこれだけしか言えないけれど・・・・・」
「もちろんです、彰子姫」
「それと・・・・・・行成様のことも」
「・・・・・・姫、おたずねしてもよろしいですか?」
「はい」
「・・・・・・・・・・・・なんで知っているんですか」
「物の怪が・・・・」
はこめかみを押さえた。心内では、あのやろう・・・・・・と怒り狂っている。余計なことを言うのが好きらしい。
今度制裁が必要だ。
「頑張ります・・・・・・・・彰子姫も応援してくれるようですし」
「もちろん・・・・・・・それでは」
「はい。お気をつけてお帰りください」
彰子はそのまま安倍家から東三条殿へと戻って行った。
「ふふ、彰子姫にまで知られているのですね、」
が面白そうに笑いながら言った。にしてみればなんで知られているのか的な感じである。
今回の場合物の怪が原因なのだが・・・・・・・
「そういえば燎流さまから聞きましたが、なんでも螢斗と翡乃斗が式神の任をおろされるそうですわ」
「えっなんで」
「今回の一件で、暴走しやすいということがわかったらしくて天津神の皆様は別にあなたへ式神を送るそうです」
「そんなの私が決めることだよ!第一二人とはもう既に血の契約も交わしてる!!神といえどもそれじゃぁ契約違反じゃない」
はそう言ったあとでの表情に気がついた。なんとも表しにくい表情だ。怒っているのか、泣いているのか、絶望しているのか・・・・・・・
「燎流さまになんとかできないかとたずねましたが無理だろうということです」
「なら私が直接言う。月読と天照を呼び出して」
「無理ですわ!まだ傷が完治していないのをお忘れですか?月読様が治してくださったのはひどい部分のみ、あとは残っているのです。無理をすればまた傷口が開きますわ!!」
「それでも・・・・それでも私はあの二人を失うわけにはいかないんだよ」
「・・・・・」
は狩衣をまとうと晴明の部屋へむかった。
晴明は怒った顔をして部屋に入ってくるを見て心底驚いたような顔をした。
「どうしたのじゃ、。まだ絶対安静のはず・・・・・・」
「自分の式神が危険なときにそんな呑気なこと言ってられないわ」
「翡乃斗と螢斗がどうかしたのか」
「危険だからって・・・・・・・唯それだけの理由で式神の任を外されるって」
「なんと・・・・・」
「だから月読と天照を呼び出して直訴するのよ」
「、傷は・・・・・」
「なんともないわ」
「・・・・・・・」
晴明は辛そうな顔をした。
「・・・・・」
「私は二人が暴走したのなら止める。二人がそばにいないと落ち着かないじゃない」
「・・・・」
「私は自分が傷つくことよりもあの二人が傷つくことのほうがいや」
の瞳に真っ直ぐな光を見た晴明は小さな笑みを浮かべた。
「だ、そうだが・・・・?」
「えっ?」
ちょうど晴明の背後から二匹の物の怪が姿を見せた。
それを見たの顔が輝く。
「螢斗、翡乃斗!」
「・・・・」
「よかった・・・・・無事だったんだね」
は涙を浮かべながらしゃがみこんだ。
「よかった・・・・・・」
「は・・・・・これほどまでにお前たちのことを想っているのだが?戻ってもいいのではないのか」
「・・・・・・・」
"・・・・・・"
二人の式神は顔を見合わせた。そしてうなずきあう。
「、我らが主よ・・・・・」
"我ら二人は封印を施した。暴走することはこれより先ないだろう。だから"
もう一度お前の式神になってもいいか。
二人の言葉にはただうなずくことしかできなかった。
晴明は視線を上にあげた。部屋の入り口で微笑むと目があう。
二人は視線を絡めるとくすりと笑みをこぼしたのであった。
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