神気が爆発した。騰蛇など比ではない、抑えられていた闇と光の神気。
はハッとする。神気は騰蛇を抑えるかわりにだんだんと激しさを増して行く。
緋乃が昌浩と彰子を連れ出してきた。ついでに物の怪の姿に変わった騰蛇も。

様」
「・・・・・馬鹿っ」

封印を解かれた高於も手が出せない。日本で五指にはいるほどの力を持つ高於でも光と闇だけはどうにもできないのだ。
が荒れ狂う神気の中へと飛び込んでいく。晴明、緋乃、神将たちの静止の声がかかるがはそれらを聞かず前に進む。
神気の中央で翡乃斗と螢斗が絶叫していた。
歩み寄るの肌が、手が、足が、切り裂かれていく。

「なに馬鹿やってんのよ。騰蛇はもうとっくに戻ったのよ」

はそう語りかけながら近寄る。濃い緑に変わった瞳がを映し出した。はその瞳を真正面から見据える。

「私はあんたたちの主としての責任があるわ。さっさと戻らないと殺すわよ」

鋭い爪が二方向からむかって伸びてくる。はそれを飛んでかわすと、翡乃斗の腹へ蹴りを叩き込む。
翡乃斗は一瞬痛みに顔を歪ませるが、また攻撃を仕掛けてくる。今度は正確にの心臓を狙っていた。

「甘いっ!」

狭霧丸が火花を散らして爪をはじき返す。螢斗も攻撃を仕掛けてくる。それを紙一重でかわしながら顎へとつま先を蹴り上げる。

「主の命令は絶対よ、って言わなかったかしらね」

ゆっくりと狭霧丸を鞘に収めながらは言った。体が巨大な神気に耐え切れず悲鳴をあげている。こうして立っていられるのも時間の問題であろう。

「さっさと戻りなさい。晴明たちに迷惑をかけないうちに」

翡乃斗と螢斗、は二人の首に腕を回して抱きしめた。腹部に二箇所、鋭い痛みが走る。
喉を熱いものが駆け上がっていった。血を口の端から滴らせながらは笑った。

「私はここにいるわ。死んでないんだから。だから・・・・・・・おちつきなさい」

そして小刀を振り上げると自分の左腕に突き刺した。血が螢斗と翡乃斗の顔にかかる。
ふと二人の瞳に理性が戻った。

「元の姿にお戻り」

が呟くと二人の体が光に包まれ獣の姿になった。の体は支えを失って倒れこむ。


晴明は神気の中で神と闘うを見た。昌浩も薄っすらと眼を明けてみている。

・・・・」

太陰が悲鳴をあげた。の腹を二つの手が貫いている。

「これは・・・・・・」

晴明は風に乗って聞こえてくる声に耳を澄ませた。祈りの声だ。小さな笑みを浮かべたが唱える、呪・・・・

様!!」

緋乃が声を荒げる。
だんだんと神気が治まっていた。
緋乃が駆け寄り、神将たちがそれに続く。
神気で削られた地に二匹の物の怪、それから腹部と左腕を血で染めたが倒れていた。

様!!」

を緋乃が抱き起こす。の顔は真っ青で、血の気がない。
神将たちは悲鳴を飲み込んだ。

様・・・・」

もしや既に・・・・

「やれやれ・・・・・・・相変わらず無茶をする子だ」

そんな声がその場にいたものたちの耳に入った。

「燎琉・・・・・・様」
「一歩でも遅かったら確実に魂が川を渡るところだった」

閻羅王太子燎琉は手にのせた球体をのからだへと放り投げた。それはすぐに体の中へと沈んでいく。

「これで大丈夫だろう・・・・にしても」

燎琉は倒れたままの式神を見た。

「あれほどの神気・・・・・・また暴走するかも知れないね」

燎琉は二匹の物の怪の額に指を当てた。そこに光が宿り二匹の体を包んでいく。

「高天原の二人には申し訳ないけど、こうしないと、今度は本当に死ぬからね」
「かっ・・・」

口から血を吐き出してが気がつく。緋乃がほっとしたような笑みを浮かべていた。

「か・・・・・が・・・」 
「大丈夫。二人とも無事だよ。にしても・・・・・まさか血で気がつかせるとはね」
「血で契約したんだよ。気がつかなかったら式神の任をおろされてるわ」
「二人とも暴走しながらもそれを感じたわけだ」

と燎琉は笑う。はすぐに笑みを引っ込めると身を起こした。鋭い痛みが腹から腕、そして頭にむかっていく。

、無理しないほうがいいよ。出血多量、傷口は大きいし、さらに神気によって危うく鬼の呪いまで暴走しかけているんだから。いや暴走したのか」
「ん〜〜〜〜〜〜〜〜」

は右腕を二匹の式へと伸ばした。
ぴくりと二匹の体が僅かに動く。の口に笑みが浮かんだ。

「おいで・・・・・・けい・・・斗、ひの・・・・・斗」

のろのろと金と翡翠の瞳がを見る。そして息を詰まらせた。黒い狩り衣がそれと分かるほどに血で染まっている。

・・・・」
"我らはなんということを・・・・"
「死んでないんだからいいのよ・・・・・おいで」

二匹は緋乃に抱えられたままのへと近寄って行った。は二匹を招き寄せるとそっとふわふわの毛並みに頬をすりよせた。

「大好きだよ・・・・・怒ってないんだから・・・・・・私のためなんだよね、私のためにやってくれただけなんだよね」
・・・・」
「大丈夫・・・・私はなにも怒ってないから」
"だが・・・・我らは己を忘れ主であるお前を殺そうとした・・・・・・"
「心配性なんだよ、二人とも。極度に心配性だから・・・・・・私が死ぬはずないじゃん。まだ小野と橘の再復興っていう役目もあるんだから。
それを終えるまでは死ねないよ」

小さく微笑んだの手がぱたりと落ちた。

"?!"

高於の神に傷を治してもらった昌浩、晴明、神将たちは言葉を失った。
の瞳は閉じられたままである。先ほどまで姿を見せていた燎琉はもうどこにもいない。

?!嘘だろう?!」
"落ち着け、闇神、光神"
「だが高於!我らが主は!!」
"心配するでない。ほれ、あれを見ろ"

龍神が指し示す方向を見た二匹は絶句した。
本宮の屋根に一人の青年が立っている。晴明はその青年が誰なのか気がついた。

「天津神・・・・月読命」
「狐の子か・・・・・久しいことだ。あぁ高於、やっと封印が解けたのか」
"知っていたか"
「無論。さて・・・・・・」

月読はふわりと地に降り立った。
銀の光があたりを照らす。

「相変わらず無茶をする子だね・・・・・」

くすくすと笑って燎琉と同じ言葉を月読は口にした。

「鬼の呪いを受けながらもなお暴走した式神を止めようと神気の中へ入りこむ。見事だよ、兄上も感服していた」

額、顔、胸元、腹、足と順に掌をかざしながら月読は言った。
掌がかざされたところから傷口が消えていく。

「だから今回だけは助けてやれって。さすがに高於じゃ冥官には触れられないから。それがさらに鬼の呪いを受けた穢れを持つ体だとね」

さて終わり、と言った月読の声にが眼を開ける。

「おはよう、。とはいっても夜だけど」
「月読・・・・・なんで」
「兄上から君を助けて来いと命令を受けてね。気分は?」
「悪くないわ・・・・・あぁ傷口治してくれたの。ありがとう」
「どういたしまして。お礼は君のくちづ「あげないわよ」」

は軽く自分の体に触れて異常がないかどうか確かめる。別になさそうだ。

「ごめん、心配かけたね。出血多量はさすがに苦しかったわ。もう一回三途の川を渡りかけてた」

あははは、と笑っただったが、笑いを直ぐに収めると式神たちを見た。

「ごめん・・・・」
「・・・・・・・・阿呆がっ」
"心配かけすぎだ"

二匹の言葉にもは笑った。心配かけたのはどっちなのだ、ということなのである。

"さすがに冥官の血は伊達ではないというのだな"
「失敬な。これは私の力だよ」
「そういうことだよ、高於の神?」

月読も軽く笑って宙に浮く。
龍神は顔を空へとむけた。

"さて・・・・・二ヶ月ぶりの雨でも降らせるか"
、私は戻るよ」
「うん、ありがと」

龍神と月読の姿が消えた。
空に雲が出始めていた。

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