"様・・・・・・"
「どうしたのですか、緋乃」
"はい。どうやら藤原の一の姫がいらっしゃる対屋・・・・・・あそこになされた結界が少し緩んでいるように思われます"
は禁鬼の報告に眉を寄せた。先日は出仕から戻ってくると言った。
危険な匂いを感じる、と・・・・
「異邦の妖異たちは彰子様を狙い始めたようですね・・・・・・」
"はい。それで今昌浩様が晴明様の名代として藤原家にむかっておりますが"
「わかりました。緋乃、もうしばらく昌浩との・・・・そういえばはどうしたのですか」
"様ですか?確か貴船が変な感じているなぁ、とか呟いていました。今は藤原家にいるかと思われます"
「ありがとうございます。では動き出してください」
緋乃の気配が消える。はもう一人の禁鬼を見た。
「弓狩、貴船へ向かいなさい。何があったとしても手は出してはいけませんよ」
"はっ"
は完全に二人の気配が消えたことを確認した。
軽い溜息をつくと立ち上がる。
中庭へ出ると空を見上げた。
「私は無力なのです・・・・人の生命には関われない・・・・・・・・・・・?」
空を見上げていたは驚いて眼を見開いた。
「星のめぐりが少しおかしい・・・・・・?」
「はい。少し対屋の結界を強めておく必要があるものかと思われます」
「彰子は大丈夫なのか」
「任せてください。昌浩とともに守って見せましょう」
はそう言って小さな笑みを浮かべた。藤原道長は少しを疑うような目で見ている。
「もしも彰子に何かがあれば・・・・」
「そのときは私が責任を取りましょう。晴明様と昌浩を責める必要はありません。私も橘の人間です。守りきります、彰子姫のことを」
「・・・・・・・・頼んだぞ、」
「お任せください」
その後は道長の前から辞して、対屋へ向かう。彰子がいるはずだ。
ふと見れば少しばかり結界の強度が増している気がする。恐らくは昌浩がやったのであろう、いまだ霊力の残滓が残っていた。
「彰子姫」
「あら、。昌浩なら先に・・・・」
「いいえ、今日はあなたに用があって。既に昌浩にもはな・・・・・・・?」
彰子は手招きをする。は彰子のそばに寄って行った。
「、これを」
彰子はに紅の布袋を差し出した。柔らかな香りがする。
「これは・・・・・伽羅の香ですか」
「もう、丁寧な話し方はやめてって言ったのに。こっちにきて」
は彰子の招きに応じる。そのまま対屋の中へはいった。
「いつか助けてくれたでしょう?そのお礼。渡しそこねちゃったから。のことだから父上に会いに来た時に渡そうと思っていたんだけど・・・」
「あぁ中々来ないから・・・・・」
「えぇ」
「ありがとう。ありがたく貰っておくよ」
「うん!」
「それで・・・・・・もう昌浩には話していると思う。今朝とどいた文だと結界が緩んだとか・・・・・」
「えぇ・・・・・法具は昌浩が持って行ったわ。あのね、・・・・・圭子姫って知ってる?」
「名前ぐらいは・・・・・・」
「私の三つ上の従姉になるんだけど・・・・・」
彰子の顔が曇った。
「大丈夫。何も話さなくても、結界の残留思念見ればわかるから」
は立ち上がると薄い結界の膜に触れた。微かな弾力ののち、の頭の中に彰子が体験したことが流れ込んでくる。
一人の姫君がそこに立っていた。頬はこけ、顔色も悪い。既に死者の中に片足を突っ込んでいるような状態だ。
そして彼女の背後にある二つの巨大な黒い影・・・・ははっとした。その二つの影、梓を襲ったあの二羽の鳥だ。
「・・・・・・・・・・・」
の厳しい顔を見た彰子が心配そうに声をかけてくる。
「・・・・?」
「彰子、心配はいらない。私や晴明、昌浩が必ず守るから」
「・・・・・・・・うん」
は心配そうに顔を曇らせる彰子の頭に手を置いた。
「彰子・・・・・」
「あのね、や昌浩のことを心配しているんじゃないの。だって二人は強い陰陽師だもの・・・大丈夫って・・・・・ただ二人が私のせいで怪我しないかって」
は小さく笑った。
「彰子、それを心配するって言うんだよ。大丈夫、私はね。昌浩のことも心配要らないよ、私が・・・・いざとなったら守るから」
「怪我しないでね、」
「わかっているよ」
はポンポンと彰子の頭を軽めに叩くと藤原家をあとにした。
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