「昌浩《
「っとあ、姫。どうかしたの?《
「どこかへ行くのですか《
「うん、ちょっと夜警に《
「そうですか・・・・・気をつけてくださいね《
「大丈夫《
昌浩は笑顔で言うと出掛けていった。昌浩のあとを複数の気配が追って行く。
はふと昌浩よりも早くに出掛けていったのことを思った。
「貴船、でしたか。様子がおかしいと言っていたのは《
“はい”
背後に控える弓狩が答える。
は彼を振り向いた。
「私も感じるのです。貴船の異変に。あなたはどうですか、弓狩《
“私も同じく。恐らく晴明様に追い出された妖たちは貴船に身を潜めているのではないかと”
「そうでしょうね。ここのところ雨が降らない。水神である高於殿が封じられている証拠です《
“どうなさいますか”
「私達は手を出さないという条件でこちらにいるのです。祈ることしかできない・・・・《
弓狩の気配が静かになった。
は貴船のほうを見る。そこにがむかったはずだ。二人の戦友を連れて。
「・・・・・・・穢されてる《
の声の端々に怒りが滲み出していた。
螢斗や翡乃斗も感じていた。神聖な貴船全体を包む恨みの念を。
「最近内裏でも貴船の丑の刻参りの話が持ち上がっていた。そして彰子の従姉、圭子姫の病気・・・・・《
“その圭子とかいう姫、恐らくは鬼女に”
「気をつけたほうがいい。入り口から溜まっているぞ《
「むしろ好都合《
螢斗と翡乃斗の姿が元に戻る。を含めた三人は各々の武器片手に貴船へ乗り込んで行った。
昌浩は緋乃が後をついてくることに気がついた。足を止めると物の怪が上思議そうに見てくる。
「緋乃、俺のそばでいいの《
“はい。それが主の命令になりますから”
緋乃は姿を消したまま答えた。昌浩はそっか、と言うとまた歩き出した。
ぴくりと物の怪の耳が動く。
「誰かいるぞ《
緋乃の手から生み出された焔があたりを照らす。
「彰子!《
緋乃が常人にも見えるよう姿をみせた。が、その顔は彰子のほうをむいてはいない。
「どうした《
「・・・・・・いえ《
緋乃の手に細長い剣が現れる。
「昌浩、あの人は・・・・《
「うん、禁鬼で緋乃っていうんだ。でも大丈夫。の知り合いだから問題ないと思う《
「思うって・・・・・・・《
物の怪がはぁっと溜息をついた。
「昌浩~あれはの知り合いだぞ?紫が今までにありえないほどの悪人を連れてきたことがあったか?しかも友人として《
「あんまりないね《
「だろ?は人を見極める。そいつが付き合ってもいいかどうかちゃんとわかるんだ《
「だね《
緋乃の炎の結界が昌浩と彰子を包んだ。それと同時に生ぬるい妖気が肌を撫でていく。
「あら、彰子様・・・・・お気の早いこと、こちらからお迎えに参りましたものを・・・・《
「あなたが圭子姫?《
緋乃がそうたずねた。圭子の瞳が緋乃へ向かう。
「そう・・・・・《
「そして背後の気配・・・・・・・昌浩様、後ろ二つは私がなんとかしましょう。昌浩様は彰子姫をお守りください《
「緋乃?《
緋乃の剣が竜へと姿を変えていく。
「閻羅王に仕える禁鬼、緋乃がお相手いたしましょう《
微笑みがその口元に浮かんだ。
圭子の背後にいた妖異たちがその巨大な姿をみせる。
「様を襲ったのはあなた方ですか・・・・・・《
「?あぁあの弱い小娘のことか《
「・・・・・・・残念です。様より言われております。あなた方を切り裂け、と《
緋乃の腕が一振りされるとともに無数の竜が妖異へと向かっていく。
巨大な鳥の姿をした二匹は翼を羽ばたかせ炎の竜を切り裂いていく。
“窮奇の右腕、鶚とシュン・・・・・私を襲ったのはそいつら。出会い次第ぼろぼろにしてね”
は出掛ける間際緋乃に笑顔で言って出て行った。も微笑んでいた。
命令に逆らう気はさらさらない。
「あなた方にはここで消し炭となっていただきます《
唯一見える口元が凄絶に微笑んだ。
竜が巨大化して鳥妖に襲い掛かる。物の怪も加勢した。
一瞬で白い物の怪は十二神将の一人に変わる。
「中々やるな《
「伊達に閻羅王に仕えているわけでは在りませんからね《
しなやかに腕が一閃すると同時に瘴気が粉砕される。騰蛇も緋乃も目の前の鳥妖に気をとられ、忘れていた。
もう一人いたことを。
「彰子っ!《
昌浩の声に二人は何事かと振り向く。その隙を鳥妖たちは見逃さなかった。騰蛇の背が切り裂かれ、緋乃も吹き飛ばされる。
緋乃の仮面が澄んだ音を立てて粉砕された。その下に鋭い紅の瞳がのぞいた。左目の下に細い模様が入っている。
「ちっ・・・・・・《
緋乃が顔に手を当てると新しい仮面ができていた。
昌浩の様子を見れば彼はとまどっている。
残ったあと一人、圭子の髪が彰子の喉下に絡みついているではないか。そのため昌浩も動けずにいる。
緋乃は困惑した。自分の炎の結界をすり抜けてどこから入ってきたのかと。そしてハッと気がついた。
「地面か・・・・・・《
まさか穴を開けて入ってくるなど緋乃は思いもしなかった。そこがまずかったのだ。
立ち上がって昌浩に加勢しに行こうとするが動けなかった。仮面が一度壊れ、抑えられていた緋乃の霊力が暴走仕掛けているのだ。
「なんという失態・・・・・これでは様に合わせる顔がない・・・・・《
気力を振り絞って立ち上がる。そのとき既に彰子は圭子、鶚とシュンとともに姿を消していた。
昌浩と物の怪が二匹はどこへ行ったのだろうか、と話をしている。緋乃は貴船のほうへ顔をむけた。
「昌浩様・・・貴船へ参りましょう《
「緋乃?《
「様は貴船の様子がおかしいから、とそちらに向かわれました。私の主も貴船の異変に気がついています《
「昌浩、どうする?《
「行ってみよう・・・・・・・オレが見たあの昔の夢も何か関係があるのかもしれない《
「間違っていたら彰子の命はないぞ《
「それでも俺はオレの勘を信じるから《
昌浩の言葉に物の怪はうなずいた。緋乃もまたうなずく。
「貴船へは走っても距離があります。私が背負いましょう《
「大丈夫!《
緋乃はしかし、と言う。と物の怪の耳がピクンと動いた。
「車の音・・・・・?《
闇に包まれた通りのむこうから何かが走ってくる音がする。昌浩と緋乃はしばらく音のするほうへ耳をすませていた。
やがて鬼火が見えてくる。それと同時に巨大な車の姿も・・・・・・・
「車之輔だ!《
昌浩の顔に希望が輝いた。
あれよあれよの間に昌浩と物の怪は牛車の化け物の中に乗り込んだ。緋乃もどうかと誘われたが彼は断って牛車の上に乗った。
車之輔が走り出すと同時に中から、ぐぇっ、と声が聞こえる。
緋乃は少し苦笑をもらしたのであった。
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