は息苦しさを覚えて起き上がった。渡り廊下に出て、安倍家の様子を見る。
そして首をめぐらせて貴船のほうを見た。何もおかしい様子はない。・・・・・・今のところは。
窮奇を退けてから幾日か・・・昌浩は今夜も夜警に出ている。
「?」
いぶかしげな声を出したのはの式神で翡乃斗という。
は小さな物の怪の姿をした彼を抱き上げた。
「少し出かけてくるよ。なぁに心配は要らないよ。出仕までにはちゃんと帰ってくるから」
「そういう問題ではないのだがな・・・・・・」
「私にとってはそういう問題だからいいんだよ」
はそういうと夜着から闇色の狩り衣をまとう。そして中庭に立つと天を仰いだ。
瞬間、風がの姿を攫って行った。
"風神を呼んだのか"
「・・・・・・・螢斗」
螢斗は傍らに座り空を見上げる相棒へと目を向けた。
「我らとが一緒にいる時間が確実に減ってきているとは思わないか」
"思う・・・・・だが翡乃斗、あれももう子供ではない。我らをあまり必要としなくなったのだ"
悲しいことだがな、と螢斗は言う。そうだな、と翡乃斗もそれに返した。
"このへんか?"
「ありがと」
は風神に礼を言う。風神の気配はすぐに消えた。
は目の前に視線を移した。黒い影が彼女を取り囲むようにして近寄ってくる。
銀の光が一閃した。
何匹かの妖が悲鳴をあげて姿を消す。
「窮奇に言われて私を殺しに来たの?いいわ、相手してあげる。かかってきなさいよ」
妖たちはの言葉が頭に来たのか次々と襲い掛かってくる。
人気のない大路での剣が妖たちを斬る音と妖たちの断末魔の叫びが響いていた。
やがてに群れていた妖たちはすべて切り伏せられていた。は数箇所に切り傷を負ってはいたがどれも対した傷ではなかった。
剣を鞘に収めながらはあたりを見回した。何か車が走ってくるような音がしたのだが、気のせいだろうか?
「まっいーや」
風神も帰してしまった為、帰りは徒歩だ。火照った頬に冷たい風は心地よい。
「・・・・・・・」
は誰かに見られている気がして顔を上げた。見れば真っ黒な空に唯一つ・・・・・・銀色の月が浮かんでいる。
彼はいつも自分を見守ってくれているのだ。その姿が見えなくても・・・・・・
「月読・・・・・」
そう呼んで少しテレたように笑う。ふと視線を前に持っていけば震えている巨大なアヤカシが目に入った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
は妖と目を合わせたまま固まる。
「・・・・・・・・・・・・」
調伏しないでください、と妖は目で訴えかけてくる。図体がでかいばかりで対して強そうにも見えない妖だ。調伏しようとしなかろうと対して変わりはないだろう。
は手をヒラヒラとふって、車の妖を逃がしてやった。その直後である。
風が吹いたかと思うとはすぐそばの壁に打ち付けられている。
「っ!」
衝撃で息が詰まった。バサッと目の前に二匹の妖が姿を見せた。巨大な鳥の姿をしている。しかも先ほどの雑魚妖ではない。
「・・・・・・」
「中々に強い霊力を持っておる」
「窮奇様の傷も多少は癒えよう」
鍵ヅメが伸ばされたとき、の剣は一閃していた。
「なっ・・・・・・・」
妖は驚愕した目でを見た。
「私に手を出すなんて馬鹿のやることだわ。あんたたちが窮奇の手下ならちょうどいい。あんたらの親玉の居場所・・・・吐いてもらうわよ」
は鳥の妖を切り裂こうとした時だった。また風が巻き起こり、は顔をかばう。眼を開けて前を見てみればもう既にあの妖たちは姿を消している。
「・・・・・・また逃げられた」
屈辱だわ、と言いながらは剣を鞘に収める。
自分の姿を見てみれば埃や砂だらけ。さらにいたるところが切り裂かれ血が流れ出している。
は二匹の式神を思い出した。二人ともこの姿を見たらきっとしぶい顔をするのだろう。多分・・・いや絶対。というかむしろ見た瞬間に何があったのか問い詰められる。間違いなく。
まったく心配性にもほどがあるというものなのに・・・・・・・
「そういう性格・・・・・ん?」
は目の前を飛んでいくものを追った。一匹の蛍だ。
「時期はずれじゃない?」
はそっと螢を捕まえた。そしてそのまま貴船の方角へ走り出す。
少し走ればもう目の前は貴船だ。帰るの間に合うかなと思いつつ、は手の中の蛍を解放してやる。
ホタルは軽い明滅を繰り返しながら貴船の中に消えて行った。
貴船を見上げたは少しばかり変な雰囲気に首をかしげた。
「・・・・・・・・・・・まぁ高於もいるし、問題ないでしょう」
そう言っては駆け出していた。
その後邸に戻ったは想像通り、式神に渋い顔をされ、何をしていたのかと詰問された。
そして彼女は騰蛇から夜警のことを聞き、あの弱い車の妖と昌浩が出会っていたことを知ったのだった。
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