村の様子を見るため一時昌浩のいる庵を離れた。
帰る途中雨に降られた。
「・・・・・・・・・」
無言のの気配に螢斗たちは心配そうな顔をした。
ぬれてべったりと顔に張り付いた髪から雫が落ちる。
「・・・・・」
「大丈夫よ。このくらいで怒りはしないわ。着替えは十分にあるんだしね」
とは言いつつもこのまま雨に濡れていたら風邪を引いてしまう。
は足を速めた。
「ただいま」
「おかえり、」
「太陰、布ちょうだい。ひどい雨だわ〜」
「はい」
「ありがと」
髪の水気を拭き取り、軽く服もしぼる。
ふと顔をあげたは太陰を不思議そうに見た。
「誰かいるの?」
「成親がいる。今、昌浩と話しているところだ」
「玄武・・・・・・・なんで、成親が?」
「太陰が連れてきた」
の視線が玄武から太陰にむくと彼女は俯いた。
「責めてるわけじゃないよ。今の昌浩には必要なことだったかもしれないしね」
はそう言って昌浩のいるであろう部屋にむかう。
「昌浩」
「おぉ、。久し振りだな」
「久し振り、成親。元気そうね」
「もな。螢斗に翡乃斗もいたのか」
「いたのかとは失礼だな、成親」
"我らが主は。主のそばにいるのは当然であろう?"
成親は苦笑しながら螢斗の頭に手を置いた。
は昌浩のそばに座った。
「その様子だと雨に降られたようだな」
「えぇ。まったく災難だわ。村の様子を見に行った帰りだもの」
"戻ろうにもその時間はなかったな"
「あぁいきなり降り始めて濡れ鼠だ」
二匹の式神たちの後頭部に一発ずつ拳をおみまいしてから、は成親に微笑みかけた。
「昌浩は少し気が晴れたようだね」
「に迷惑かけたね・・・・・」
「迷惑だなんて思ってないよ。私は昌浩がちっちゃい頃からそばにいたんだもの。本当の弟みたいだよ」
ちょんと昌浩の鼻をつついては笑った。
「昌浩のあんなくせやこんなことも知ってるからね」
「ちょ、えっ?!」
「あははははは」
「いや、あははは、じゃなくって・・・・・・ちょっと螢斗たちも何か言ってよ!」
"無理だな。真実だし"
しれっとして式神たちは言う。
昌浩はそんなぁ、と呟いた。
と成親の笑い声が響く。
「そういえば騰蛇はどうした」
成親の何気ない一言がその場の雰囲気を凍らせた。
当人はただたんにそう言っただけである。昌浩のそばにいるであろう、物の怪の姿が見えなかったから。
がふっと小さな笑いを浮かべた。
「物の怪なら、今ちょっと出かけていると思う。とは言っても私もよくわからないわ」
「どういうことだ?」
「昌浩から聞いて。それは私が言っていいことじゃないわ」
成親の目が昌浩を見た。昌浩は俯いて話し始める。も静かに聞いていた。
「・・・・・ばか者」
成親が言った。
短く一言。たったそれだけだが、昌浩は殴られたような気分になった。
「もう二度とそんなことはするな」
「・・・・・・・ごめんなさい」
震える声はかすれている。成親は俯く頭をぐしゃぐしゃとかき回した。
「肝が冷えたぞ」
「うん」
「誰かを大事だと想っているのはお前だけではないんだぞ」
「・・・・・・・・・・うん」
それは川辺で出会った優しい人も、同じ意味合いのことを言っていた。
そして、川の向こうで彼を優しく見守っていた・・・・
「・・・・・・俺さ、川のそばでさ」
「ん?」
「・・・・・・・・・ばあ様に、会ったよ・・・・・」
成親は一瞬目を丸くしたが、やがておだやかに、そうか、と笑った。
「あと」
「うん?」
「ありがとう」
「・・・・・・・・・別に私はなにもしてないわよ」
は照れて紅くなった顔を昌浩から背けながら言った。
傍らの螢斗たちが面白そうに笑う。
直後のことだった。壁に突風が激突する音がし、板戸が不満げにがたがたと音を鳴らす。
それを黙殺して、太陰が飛び込んできた。
「大変よ、山代郷が・・・・・・・」
その言葉には青くなった。
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