太裳はふと顔を上げた。
今異界にいる彼のそばには天空がいるのみである。

「太裳、どうした」
「いえ・・・・・・」

誰かに呼ばれた気がした。

"太裳"と。

「・・・・・・・・・・・・」

今出雲にいる一人の少女。
その力は強い。決して弱くないはずなのに、時折とても脆く見えてしまう。

「・・・」

太裳の姿がフッと異界から消えた。

晴明は顔を上げた。

「どうした、太裳。呼んではおらんのに」
「から、何かありませんでしたか、晴明様」
「?いや、昼間螢斗がやってきたくらいだが」
「そのときになにか・・・・・・」
「・・・・・どうした、太裳。お前らしくもない」

太裳は顔を伏せた。

「・・・・・・・・呼ばれた気がしたのです。に・・・・・・・・・・・」

会いたいと思ってしまう。その体を強く抱きしめたいと。
こんなにも好きでたまらないのに、それを伝えられないのがもどかしい。

「会いたいか?」
「できることなら・・・・・・」
「よし。会わせてやろう」
「はい?」

思わず太裳はたずね返していた。晴明はほけほけと笑っているではないか。

「わしにできないことはない。ほれ、太裳。そこに座れ」

太裳は言われたとおり晴明の前に座る。晴明はゆっくりと呪を唱え始めた。

は暗い闇の中にいた。

「なにやってんだろ、私・・・・・・」

ついそう口から本音がこぼれてしまう。昼間の騰蛇とのこともそうだ。
頭の中が真っ白になったかと思うと次の瞬間にはもう騰蛇に刀を突きつけていた。

「馬鹿だなぁ・・・・・・騰蛇はしつこいから、覚えたまんまだよ」
「」
「あぁ、幻聴が聞こえるよ・・・・・・なんで、太裳の声が聞こえるんだろ」

溜息をつきつつ、は歩き出す。と、その歩みを止めるようにして背後から腕がまわってきた。
はそれこそ、心臓が飛び出しかける。振り向こうとするの目を手で塞いだものがいた。

「振り向かないでください」
「太・・・・・・・裳?」
「はい」
「なんで?」
「晴明様に頼みました」

冗談じゃねぇあのクソダヌキとは思った。

「・・・・元気がないようですね、」
「・・・・・・・・・まぁね」
「なにかありましたか」
「なんにも」
「・・・・・・・・・私の前で嘘をつくなんていい度胸してますね」

ニッコリと微笑んだのであろう太裳の表情が予想できる。
の背筋を氷が滑り落ちていった。大胆不敵唯我独尊絶対無敵のではあるが、太裳には敵わないことを知っている。

「ねぇ太裳。私が人じゃなかったらどうする」
「・・・・・・・人じゃなくてもです」
「本当にそう思う?」
「はい」
「何でそういいきれるの」
「・・・・・・・・・あなたを愛しているから」

太裳は己のほうへをむけさせた。

「それではいけませんか、。私はあなたがどんな姿になろうとも、見つけられる自信はありますよ」
「・・・・・・」

確実に太裳と月読は意見があうな、とは思ってしまう。
物悲しい気分が何故か吹き飛ぶ。

「・・・・・・・・そうね、そうかもね」
「?」
「ありがと、太裳。なんだかちょっと吹っ切れた」
「・・・・・・・・・私が必要になったらいつでも呼んでください。すぐに紫の元へ馳せ参じますよ」
「だめだよ、太裳は晴明の式神じゃないか」
「・・・・・・・・・そうですね。ではどうしましょう」
「夢の中で・・・・・・・・夢の中で、太裳を呼ぶのはいい?」

は小首をかしげてたずねた。

「まぁそれならば・・・・・・」
「じゃぁ決まり!」

はニッと笑った。

「ありがとう、太裳。あなたのおかげでモヤモヤ感が吹っ切れたわ。まだ頑張れる・・・・・まだ完全じゃないか」
「?どういう・・・・・」
「おやすみ、太裳。晴明によろしく言っておいてね」

の体が太裳の腕の中からすり抜ける。
突然湧き出したもやの中に彼女の姿が消えた。

「・・・・・」

太裳は言い知れぬ不安を感じていた。
大切なを喪ってしまうかもしれないという・・・・・
そして何故だろう。それが外れないということもまた太裳は感じていたのであった。

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