「父上・・・・・・」
か。どうした?」
「昌浩と・・・・・・・騰蛇のことなのですが・・・・・・」

晴明は一瞬だけ、が口ごもったのを感じた。
あの名を呼ぼうとして、そしてやめたのだ。

、無理せんでも」
「でも私はもう騰蛇の記憶の中にはいませんから・・・・・・」

呼んでいいものではないでしょう?とは淡く微笑んだ。
彼女のその思いを知っているから、晴明は何も言わなかった。

「で、どうしたのじゃ?」
「出雲に療養に行かせているのですよね・・・・・」
「あぁ」
「・・・・・・・・・・・・・からの文なのですが・・・・・狐に似た妖気を感じた、と。村で起きている怪異はもっと別のものだそうですが、何か・・・・・悪意に似た狐の妖気を・・・・・」
「狐・・・・・」
「・・・・・・父上、昌浩は・・・」
「大丈夫だ。、あれは強い子だから・・・・・・・・それはお前も知っているだろう?」

晴明は優しくの頭を撫でた。はうなずく。
騰蛇のために、命を投げ出したのだ。

「父上、私は時々どうしようもなくすべてを破壊したくなるのですよ。昌浩とが傷つくことを知っているから・・・・・・・・・私はすべてを壊したくなる」
・・・・・・・・・」
「神が憎くなることがある。を苦しめているのを知っているから・・・・・・天命をむちゃくちゃになるまで歪ませたくなる。昌浩が悲しむから。でも・・・・でも私に何ができましょう・・・人であったときも、生きることを諦めた私に・・・・・結局私は逃げるために昌浩とを利用した・・・・・・・っ」

は自らの腕で体を抱き締めた。
自分にはわからないが、その体温は人よりもはるかに低い。
既に死んでしまった体なのだ。

「私は・・・・昌浩の力にはなってやれなかった・・・・それどころか、にまで余計なものを背負わせてしまった・・・・・・・」
・・・・・」

晴明は優しく愛娘を抱き寄せた。

「父・・・・・上」
もわかっておるよ。が昌浩を助けるためにここへ戻ってきたことを」
「でも私は・・・・・・・私は二人に何ができましたか?あの二人を守るために私は・・・・・・」
「落ち着くんじゃ、・・・・・・・・少し混乱しておるのじゃよ」
「混乱など・・・・」

は晴明を見て、そして反論するのをやめた。
穏やかな眼差しはの心をだんだんと鎮めて行く。

「大丈夫・・・・・・」
「・・・・はい」

は軽く涙を拭くと微笑んだ。

「時々しょうもなく自分が恥ずかしくなりますわ・・・・・・取り乱してしまい、申し訳ございません」
「いいや・・・・・・・」
「部屋に戻りますわ。緋乃たちも戻ってきているでしょうし」
「どこかへ行っておったのか?」
「えぇ。なんでもが気になるようで・・・・あまりに落ち着きがないものですから、出雲へ行かせましたわ」

のことだから、軽く微笑んで"行ってきなさい"と言ったのだろう。
笑顔に反論をさせない何かが含まれていそうだ。
晴明はそう考えながら軽く苦笑したのであった。

"様"
「お帰りなさい、緋乃、弓狩。には会えましたか?」
"・・・・・・"

部屋の中の気配は沈黙していた。
は、あら、と首をかしげる。

「会えませんでしたの?」
"いいえ。ちゃんと会えました。お心遣い痛み入ります"
「だって・・・・・二人ともとても悲しそうな顔をしているんですもの。放っておけというほうが無理ですわ」

は優しく微笑んだ。

"様・・・・"

姿の見えぬ二人の気配が少しだけ変化した。

"我らは・・・・・"
「何も言わないでください。もう私は貴方達の辛い顔を見たくはないのですから」

の微笑みを見たのか、二人の気配がほんの少しだけ柔らかくなった。

「話したい時に話して下さい。無理してきこうとはしませんから」

二人は無言でその気配を消した。
は一瞬だけ悲しそうに顔を曇らせる。

庭に季節はずれの寒椿の花が咲いていた。
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