は静かに晴明のそばに座っていた。
時折彼女の周りの景色が歪む。しかしそれは本当に良く見なければわからなかっただろう。
神将たちでさえ、誰一人として気がつきはしなかったのだ。

姫・・・・」
「はい、晴明様」

晴明はついっと壁際に寄りかかる神将に目をやった。
視線をむけられた青龍はその意味を悟ると異界へ戻る。そのあとを追うように勾陳も姿を消した。
長く息を吐き出した晴明は、父の顔でを見た。

「そう気を急くでない。でなければ、見えるものも見えなくなってしまう」
「・・・・・わかっております。ですが、死が・・・死が見えているのに、じっとしていられるとお思いですか」
「いいや、これぽっちも思っておらんよ。特に、お前は特別優しい子だから」

晴明の手がの手に触れる。
弱くなった。の知る晴明よりも衰えている。

「私は・・・何ができたのですか。父様の血も昌浩の血も・・・・私にはどうにもできなかった」


は衣の袂でこぼれてきた涙を拭った。
大切な人だ。自分に全てを教えてくれた師であり、守ってくれた父。

「父様・・・生きて下さい。もっと、もっと長く」
「わかっておるよ。昌浩もまだまだ頼りない。も、まだわしに教えられることがある」

でもな、と晴明は笑みを見せた。

「こればかりはわしにもどうにもできんのだよ、
「いやです。父様は飄々としてこそ父様ですわ。死んで、母様と一緒に川を渡ったら怒りますわよ。いいえ、獄卒に頼んで渡らせませんわ」
・・・・燎琉殿に迷惑をかけてしまうだろう」
「燎琉様は関係ありませんわ。これは私達の問題。あの方を巻き込むつもりはありません」

晴明は苦笑した。
はこれほどまで頑固だったろうか。
若菜の血を引いている。頑固には違いないが、若菜よりもっともっと頑固だ。

「昌浩が泣くじゃありませんか。神将たちだって・・・母様だって早く来すぎだと怒りますわ」
「・・・そうだな」
「青龍なんか、きっと冥府まで追いかけてきますわよ。そうしたら、父様はどうなさるおつもりなのです」

の言っていることは本当のことだ。
間違いなく青龍なら追いかけてくる。
晴明は青龍の性格を知っているから黙ってしまった。

「これ以上、泣かせないで下さい」
・・・・・」
「父様・・・生きて、もっともっと長く。むしろ冥府に降りてこないで」
「それは無茶なことを言う。いずれ人は冥府に行かなければならない」
「だめ・・・・・だめ、やめて」

は晴明の手を握った。

「瀬織津姫、気吹戸主、速佐須良姫、これ以上、父様を冥府に近づけないで・・・・私、冥府閻羅王太子妻が伏して願い奉りまする」
・・・・」
「父様を、奪わないで・・・お願い、だから」

晴明はそっとの頭をかき抱いた。
冷たい体。
誰よりも生きることを望んで、死んでしまった娘。
晴明の血を一番に受け継いだ優しすぎる子供。

、わしはそんなに必要とされているかの」
「当たり前です。帝や大臣たちは父様を頼りにしてますし、昌浩もも口では嫌っているような言い方をしてますけど、本当は誰よりも師としてみてますわ。神将たちは、父様を主としてみています。きっと父様が死んだら騰蛇以外は昌浩をおいて異界に戻ってしまいます」
は、わしを必要としているかの」
「・・・・・・・・」

はうなずいた。
涙を止めておくので精一杯だが、晴明に微笑みかけた。

「私は父様の娘です。親の幸せを願わぬ子などおりましょうか」
「娘の幸せを願う父もいるが?」
「私はもう十分幸せです。父様は辛い想いをたくさんなされたのです。今はもう、幸せになるべきですわ」
「孫や居候をいじりながら?」
「えぇ」

は晴明の冗談に小さく笑った。

「生きて・・・・生きて下さいませ、父様」

天狐の血などに負ける父ではない。
誰よりも強いことをは知っていた。

「百まで生きて下さい。その名が後世となって残るように」
「そうじゃのぅ・・・・も昌浩も色んな意味で名を残す。二人だけに名を残されるのはちょっとばかり口惜しいかの」
「えぇ」

晴明は目元を和ませる。

「まだまだ、半人前の二人を置いては逝けないか」
「当たり前ですわ」

は生気が戻った晴明の顔を見た。
ほっとする。
人が生きるのも、死ぬのも気持ちしだいだ。
晴明も、天狐の血に耐えることができるはずだ。

「どうかご自愛くださいませ、父様」
誰よりも大切なあなたに、願ってはだめですか?
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