はぐっと着物を手繰り寄せた。
胸の動悸が治まらない。
近くに・・・・・いる。
天狐、晴明と昌浩の体に流れる神に近しい妖が。
それも禍々しい気配と一緒に。
「螢斗、翡乃斗」
「お前は動くべきではない」
"我らが行く。ここにいろ"
「私も、行く」
「っ!」
「主の命だ!お前たちは聞けっ」
螢斗と翡乃斗はびくっとした。
珍しいの命令。
主の命令には二人とも逆らえない。それが掟、それが契約。
「行かなきゃいけない。やつを殺さなければ・・・」
「・・・・・・」
は墨染めの衣をまとい、狭霧丸を手に取った。
螢斗と翡乃斗をむいた瞳は冷え冷えとしたもの。そしてその色は青磁色。
身にまとう空気もいつもとは違う。恐らくこの家の者達は気がつくだろう。
「小野は俺の中で眠りについた。俺はじゃない。わかっているだろう、天津神」
式神の目が丸くなった。
「俺の名は。忘れるな」
の姿をした別のものは、そう言って塀を飛び越えて闇に姿を消した。
それと同時に神将たちが動く気配を二匹は感じた。ただならぬ事が起きている。
"翡乃斗・・・・"
「螢斗、俺は晴明のもとへ行く。お前はを追え。も呼び出すから、それまであいつに怪我をさせるなよ」
"わかった"
翡乃斗は晴明の部屋にむかう。
ただならぬことは中宮や彰子の身にも起こったらしい。
安倍の邸から彰子の気配が、遠くに感じる内裏の方角からは中宮の気配が消えている。
「晴明!!」
「父様っ!」
翡乃斗ははっとした。
顔面蒼白なが立っている。
「ご冗談を!わかっているはずです。離魂術は浪費が激しい。弱った体には大きな負担をかけますっ」
「だが、。わしは行かなければならん。止めてくれるな」
「止めますわっ!神将が行く。禁鬼たちも行かせます。それで足りないというのなら私が出向きましょう。ですから、父様、お願いです、行くのはやめて」
「・・・翡乃斗、どうした」
晴明はの訴えを受け流し、翡乃斗へ瞳をむけた。
同時に神将たちの瞳も翡乃斗へむく。
「・・・・・が目覚め、が眠った。小野の体の支配権が入れ替わった。も姿を消した彰子や中宮を追っている」
「?貴様らが話した神と妖狐の子か」
「あぁ。俺もすぐにあとを追う。それと安倍の嬢。共に来たほうがいい。これ以上は晴明にも負担をかけさせられない。人の心を曲げることが難しいと知っているだろう?」
は半ば辛そうに目を落とした。が、すぐに顔をあげる。
「緋乃、弓狩、の居場所を追えますね。父様、時間はありません。すぐに参りましょう」
「お前、何を言って・・・・」
「お黙りなさい、十二神将青龍。お前たちの主は誰です。安倍晴明でしょう。主の命令には逆らわぬこと。それが式に下った神の掟です」
青龍が強くをにらみつける。
が、は晴明に肩を貸す。
「ご無理をなさらないでください」
「あんずるな、」
、晴明、禁鬼二人、翡乃斗、神将たちは闇の中へと足を踏み出した。
『暗いな』
そう思った瞬間にの周りには小さな焔が現れた。
「便利だな」
本当は忌むべき力なのに。
「邪魔だ」
が低く呟くと、周りをうろついていた玄妖たちが何かに引き裂かれる。
巨大な体躯の狼がの前に立ちふさがった。
"、その体は我らが主のもの。傷つけることまかりならん"
「わかってるよ。別に仮の肉体だからどうでもいいんだけど、月読の匂いが残ってるから」
"・・・・・・どういう理屈だ?"
「月読と俺は相性がいいんだ。だから、調子がいい。さて、お前、やつらを探せるか?天狐が一匹に、人であって人でないものをその身に宿した男が一人」
螢斗はうなずいた。
澱んだ気配ならわかる。
許すことができない。
"こっちだ!"
走り出した螢斗のあとを追って屡螺も走り出す。
の耳にかん高い悲鳴が聞こえた。
軽く舌打ちして、走る速さを増す。
"中宮章子か!"
狭霧丸が綺麗な弧を描き、人の姿に戻った螢斗が投じた槍が玄妖を貫く。
「・・・・・・来たか」
そこに、一度対峙したことのある僧が立っていた。
名は知らない。
だが、の神経を逆なでするものをその身のうちに宿していた。
「その女を返せ。それと、お前が身に宿すもの、人には重いものだ。さっさと引き離せ」
「いいや。これは藤原の栄華を潰すもの。貴様にはなすことができるのか?」
は黙って剣を構えた。
ほのかな燐光を放つ剣は、暗闇の中での顔を淡く浮かび上がらせていた。
「うざいよ、お前」
飛び掛ってきた幻妖たちはが剣を一閃させるとすぐに霧散する。
螢斗が僧に槍をむける。
「天津神が人間を殺すか」
"お前、知らないか。俺ともう一人翡乃斗は天津神の中でも人を裁くことを赦されているのだ。天の主神から"
螢斗が僧と話しているのを尻目には中宮のもとに歩み寄る。
脅えた顔の中宮に小さく笑いかける。
「安心しろ。別にお前を喰らうつもりはない。しばらくしたら、陰陽師がくる。そいつに助けを求めろ」
「あなたは・・・」
「俺は別にお前を助けに来たわけじゃない。たまたまだ、たまたま」
がそう言って中宮の頭を撫でてやる。
いっぽう螢斗は僧とにらみ合っていた。
"貴様、名は"
「丞按」
"なんのために、それを宿す"
「我が悲願を果たすため」
"それが人の身には重いものと知りながらか"
「無論」
螢斗と僧のやり取りを聞いていただったが、僅かな神気に顔を上げた。
近い。
「螢斗、探しにいくぞ。あいつらが、ここについた」
"あぁ"
「まって・・・」
「あんずるな。お前を守る者達が近くにいる。それに俺は守るのって好きじゃないんだ。なら、守っただろうけどな」
はそう言って薄情にも、中宮を置いていく。
もう一人の忌まわしい天狐を探しに行かなければならないからだ。
「待ってろ。すぐにてめぇの首をかききってやる」
の瞳が鮮やかに煌いた。
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