「貴船に行くの?」
"いやではないだろう。貴船からのほうが異界にも行きやすい"
「あぁ。清浄な気が流れているからな」
「でも彰子は・・・・・・・・」
「あれは連れて行かない。今は緊急を要する。だからお前と神将に話すのが大事なのだ」
翡乃斗の言葉に昌浩は渋々ながらうなずいた。
「ごめんね、彰子。先に寝ていていいから」
「昌浩・・・・」
「用意はいいか?」
「あっうん」
「螢斗」
"どうした、青龍"
「晴明は」
"あれには火神、水神、風神をつけた。問題あるまい"
これ以上の無駄話は無用と、螢斗は人の姿に立ち戻る。翡乃斗も姿を変えた。
「貴船へ」
翡乃斗の一言で安倍邸から一気に貴船まで飛んでいた。
冷えた風が吹く。
螢斗と翡乃斗が数歩進んで昌浩たちを振り返った。
「やっと来たか・・・・」
「まったく、説得するのに時間がかかりすぎだ」
暗闇からそんな声が聞こえてきた。紫の式神たちは跪く。
昌浩は清浄な神気に体を硬直させた。神将たちも動けない。
「天の主神の前で姿を隠すとはいい度胸だ」
そんな言葉とともに姿を見せたのは天神天照。その数歩背後に月読がいた。
神将たちが顕現した。物の怪も本性へと戻る。
「はじめまして、というべきか。狐の子」
「兄上、それは孫です」
「どちらにしろ狐の血を引いているだろう」
「それはそうですが・・・・・」
「天照、月読。さっさと話をはじめろ」
「わかっている」
天照の瞳が昌浩を向いた。
「長い話になる。座れ」
「・・・・・・・・・」
天照の言葉のままに昌浩は地に座り込む。
「いざ話し始めようとするとどこから話していいものやら・・・・・・・」
「やはり、すべての始まりからではないでしょうか」
「そうか・・・・・・そうだな」
そう呟いて、天照はどこか虚ろな瞳で話し始めた。
「すべては幾千年も前、我らが妹の話にはじまる。父イザナギの妻イザナミの最後の子供軻遇突智命が父に殺されたときにはじまった。父は殺してしまった軻遇突智から新しい女神を作り出した。神殺しの神ではない。神を生む神を・・・・・名は輝津薙命。我らが妹だ」
「輝津薙は数多くいる女神たちの中でも抜きん出てすばらしい子をなすことができた。優しい子だった。だが、あれは結ばれてはならないものと結ばれてしまった。そのとき、高於のもとにいた一人の妖狐と・・・・・」
「闇に住む妖狐の一族は黒髪黒目が普通だ。しかしその妖狐は青の瞳と銀の髪を持っていた。異端の存在だった狐と妹が出会ったのは必然だたのかもしれん・・・・・・・狐の名は氷珱といった」
天照と月読は交互に話していった。昌浩たちはただ静かに二人の話を聞いてた。
「やがて彼ら二人の間に子もできた。そこでやっと私たちも輝津薙と氷珱が出会っていたことを知ったのだ。禁忌とされている交わりで生まれた子は余計に忌まれる存在となる。私たちは輝津薙に辛い想いをさせたくはなかった」
「そんなときだ。閻羅王太子がやってきて言った。"その子供と関係のある子供が産まれる"と。その子供と輝津薙の子供の魂を一つの体の中に入れる。そうすることで禁忌の子供の力も抑えられると」
「子供の名は小野・・・・・・のちに冥官家の始祖となるはずだった娘だ」
「、だと・・・・・・?!」
その場にいた者たちが瞠目した。
「だが我らはそれで子供が生き残れるとは思っていなかった。仮にも妹の子供、死なせるにはしのびない・・・・・・だから閻羅王太子の案を条件付でのんだ」
「条件とは・・?」
「二人をしばらくの間眠らせておくこと。それが条件だ。冥府もそれでうなずいた。私たちは輝津薙の体から子供を取り出し、冥府に預けた。冥府のほうでも生まれてくるはずだった子供の魂を先送りにした」
「あの・・・・」
昌浩が小さく声をあげる。天照の瞳が彼をむいた。
「その輝津薙と氷珱はどうなったんですか」
「・・・・・・・私が冥府に命じて、禁鬼とさせた。この場にもいるだろう。出てきたらどうだ?」
月読の言葉に誰もがはっとせざるをえなかった。
ゆっくりと昌浩たちの右手側にある木立が揺れ、二人の禁鬼が姿を見せた。
仮面で半分だけ顔を隠した鬼。
「・・・・・・・・・」
片方がゆっくりと面に手をかけた。
紅の髪が風に揺れる。
面をどかした顔を月明かりが照らした。美しい容貌だった。
天照に似た凛々しさの中に、月読に通じる儚さや気高さもある。左目のもとから頬に模様が入っていた。瞳は青磁色である。
「お久し振りです、兄上」
「・・・・・・・・・・・・緋・・・・・・・・・乃」
禁鬼緋乃、否輝津薙命は微笑んだ。
そしてその隣に寄り添うようにして立っていたもう一人の禁鬼が仮面を取った。
その下から現れたのは晴れ渡る空を切り取ってそのままはめたような瞳。そして・・・・・・・
「月光・・・・」
太陰が呟いたのも無理はなかった。
背に流れる白銀の髪。弓狩は天照と月読を見てふぃっと視線をそらせた。
「弓狩の名は氷珱。今残っているただ一人の妖狐族だ」
「少し気になることがあるのだが」
「きっと話はそれてしまう・・・・・・・それでも?」
「あぁ」
勾陳は月読を見た。
「ならどうぞ」
「晴明は天狐の血を引いている。妖狐と天狐は何処が違う」
「我らも詳しくは知らん。天狐のことならば高於がよく知るだろう。まぁ簡潔に言えば、天狐は神に近しい、妖狐は妖に近いというところか」
「の中にいるやつは神と妖の血を引いているということか」
「まぁそういうことになるだろうな」
天照は小さく息を吐き出した。
月読もどこか表情が虚ろである。昌浩は二人の様子にただならぬものを感じた。
「あの・・は、どうなるんですか?」
「いずれ二人の魂は別々の体に分けるつもりだった。が・・・・・・・・どこでどう間違えたか。おかしい」
「あぁ・・・・昌浩、とか言ったか」
「えっ、えぇ」
「天狐、そう、天珠を狙うあの男を殺さないと四人とも助からない」
「四人?」
「、、晴明、昌浩。お前たちだ」
「?」
緋乃の瞳が昌浩にむいた。
「我が子のこと・・・・・兄上、もも助からないとは?」
「体が汚された」
「・・」
「まさか実体のことですか!あれは冥府からやっとの思いで手に入れた・・・・・・・そんな」
緋乃の体が崩れ落ちる。氷珱が彼女を支えた。
「天照・・・・・・」
「落ち着け。何故今日こいつらを呼んだのかわかっていないじゃないか」
「俺たちが、なにかしたと言うのか」
「人の話を聞け。まだ諦めるのは早いということだ」
「兄上は、その子供なら二人の穢された体も取り戻せると言っているんだ」
「俺が?!」
「その子供の想いは何よりも強い。祖父を救いたいという気持ちが瘴気に染まったからだを探し当てるだろう」
期待されている。
そう昌浩は感じた。緋乃と氷珱の視線、天照と月読の視線、神将たちの視線。
はたして自分にそんなことができるのだろうか。しかしやらなければ、が辛い。
「は俺にとっても大事な人です。何度も助けてくれたから・・・・・・今度は俺が救います」
「上等だ。だそうだが、氷珱、輝津薙」
「昌浩・・・・・・」
「緋乃にも何度か助けてもらっているからね」
神将たちもうなずいた。は七つから安倍家に居候している。
その間一緒に暮らしてきた神将とはもう家族同然である。その彼女が大変なことになっているというのなら助ける。
天照は満足そうに笑った。
「さて我らは戻るか」
「えぇ」
ふと月読が昌浩を見て面白げに笑った。昌浩は不思議そうに首をかしげる。
「安倍家の男はよく女に心配されるな。心配かけているのもわからず・・どこまで鈍いのだろう」
「えっ・・・・・」
「晴明もお前も似ている。忘れるな、お前たちの行動が一人の女に心配をかけているということを」
「一人・・・・・」
「厳密に言えば違うな。三人ほどだろう」
「誰に・・・・・」
「それは自分で見つけ出すことだな」
月読は笑う。天照も口の端に小さな笑みを浮かべると二人そろって光の筋となり、天へとのぼって行った。
ふと周りを見回せばそこはもう昌浩の部屋である。
騰蛇以外の神将の姿はない。騰蛇は瞬き一つの間に物の怪の姿に立ち代った。
「紅蓮・・・・」
「力ならいくらだって貸す。そのために俺はお前のそばにいるのだから」
昌浩は騰蛇の言葉にうなずいた。
は気配を消して昌浩の様子を見ていた。やがてゆっくりときびすを返し、晴明の眠っている部屋に入る。
晴明の枕元にすわり、その寝顔を見つめた。年老いた父の顔。
「私も真実を告げなければいけないようですね・・・・」
この身のこともすべて。
すべてを教えた上で何が起こるのかはわからない。
ただ守りたいがために、ここへ来た。
何を言われても、嫌われても、守りたいという思いにヒビは入らない。
「天狐の血・・・・・・必ずや食い止めますわ、父上」
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