は夢を見ていた。
誰かが泣いている夢だ。しかもそれはの良く知る人物である。
"・・・・・"
彼とともに体を共有する人の子であった。
は顔を覆って泣いている。その声がひどく胸に突き刺さって痛い。
"なにをそんなに泣く"
「助からない・・・・・《
"誰が?"
「晴明が《
"晴明・・・・・・・晶霞の子か?"
はの言葉にうなずいた。は何も言えず固まってしまう。
妖狐を父にもつは天狐の血を引く晴明のもとへは近寄れないのだ。何故だかは知らないが、血同士が反発しあってしまうらしい。
双方に鋭い痛みが走るため、弱くなった晴明の体では耐え切れないのだ。
"助け・・・・たいのか?"
の問いにはうなずいた。
"何故"
「私と本当の孫みたいに接してくれたから。私に仕事をくれたから・・・・・いろんなことを教わったから《
そう呟くの背がだんだんと遠ざかっていく。は自分が目覚めていくことに気がついた。
まだ、目覚めるのには早いのに。
「起きたか、《
「・・・・・・・《
螢斗と翡乃斗がを覗き込んでいた。
どうやら、自分がではないことを知っているらしい。
「・・・・・・俺たちもいつ入れ替わるかわからんぞ《
「知っている。そういうものだと天照から聞いた《
ふとは誰かの視線を感じて振り向いた。部屋の入り口に昌浩と白い物の怪がいる。
「お前は・・・・・・《
「安倊昌浩。はじめましてだね、・・・《
「天狐の血を引いているのか。それ以上俺に近づけば、お前が苦しむぞ《
「もだろう?《
昌浩の言葉には軽く眉を寄せた。この子供はそれを知っていてやってきたらしい。
足元の物の怪がをにらんでいる。にらまれるようなことをした覚えがない。
「なんのようだ《
「話をしようとおもって《
「ただそれだけのために苦痛を我慢するのか《
「うん。俺まだなにものこと知らないし《
「・・・・・・・・・馬鹿なやつ。いいぜ、入って来い。ここには封印の要である二人の神がいるから苦痛もないだろう。俺の血も封印されているから《
「うん《
昌浩は入ってきて、褥に上半身を起こし、立てた肩膝に腕を乗せているの隣に座った。
昌浩はの顔を見上げて改めて考える。
とどこか似ている、と。容姿じゃなくて雰囲気が似ているのだ。
「何の話をしたいんだ?《
「の話《
「俺の・・・・《
「うん《
は少し固まると昌浩を見た。
「よし、昌浩。十二神将について話してやろう《
「だから俺が聞きたいのは・・・・《
「いいか、十二神将というのは十二天将と呼ばれる、六壬式占に書かれた神の吊だ。六壬式占にはほかにも十二月将をいうのも記されている。徴明、河魁、従魁、伝送、小吉、勝先、太一、天岡、大衝、攻曹、大吉、神后のことだ。こいつらは時々が従えているな。滅多なことでは使わないけど《
「が?《
「あぁ。でかい鬼を退治するときは面倒くさがってこいつらを使っている。使うとは言っても札に吊を書いたものに自分の霊力を流し込んで具現化させるだけだけどな《
ちゃっちゃと片付けるたびに篁ににらまれるのだと言う。
しかも時々式神召喚には失敗しているのである。そのたびには失敗した式神と鬼と両方を退治しなくてはならないため、余計に篁ににらまれる。
「あとは北斗の話でもしてやろうか《
「北斗?《
「北斗七星。貧狼、廉貞、巨門、武曲、禄存、破軍、文曲の七つの星のことだ。紫の祖父である小野篁は破星の宿命を負っていた。他六つの星は破軍の周りに配され、破軍を導いたり助けたり守ったりする役目を負う《
「は違うよね《
「か。あれは熒惑星だったと思うが?《
はっきりとはわからないが、とは付け足す。
「ねぇもっと北斗七星の話をして《
「破軍は凶星と呼ばれ、破壊を司る。それを抑えるのが残り六つの星なわけだが・・・まず貧狼。こいつは破軍を封じ込める働きを持つ。篁が破軍のときは閻羅王太子がその役目を持っていたと聞いた。文曲、廉貞は破軍を支え、巨門は守り、武曲は導き、禄存は鎮める。六つがそろっていてこそ破軍は闇に染まらずにすむんだ《
螢斗と翡乃斗は話がずれていると突っ込んでいる。内心で。
とりあえずの様子を見てるが、昌浩とごく普通に接している。
昌浩も昌浩で二人とも兄弟のようだ。
「面白い子供だな《
"あぁ"
「も楽しそうだな《
"確かに"
昌浩とははたから見れば、仲のいい兄弟である。の頭に耳が生えていなければ・・・・・・
それが時折ぴくぴくと動いているのだ。姿形がなだけに、式神二人には自分を押さえておくのが苦しい状況ではある。
「へぇ・・面白いんだね《
「俺は閻羅王のもとで育ってきたんだ。色んなことを教わった。惚気た夫婦の話とか《
「惚気た夫婦・・・・・?《
「閻羅王太子燎琉とその妻あふぐっ?!《
「なぁんの話をしているのかなぁ?《
の口元を押さえたのは燎琉である。
背後から口元を手で塞ぎ、にっこりと笑っている。
昌浩は突然現れた彼に驚いている。のほうは耳が恐怖で震えている。
「~?《
「はっ、はい・・・・《
「なんの話をしているのかなぁ?《
「えっと・・・・・《
「、目が覚めたからって月読から聞いたからやってきたんだけど、なぁんでその禁句を言っているのかな?《
燎琉はのみぞおちをこぶしでぐりぐりとやっている。
「痛いイタイイタイ!燎琉、痛い!!《
「当たり前だろ、たく・・・・は《
「眠っている・・・・・・俺の中で《
「そう《
「篁が心配してんだろ《
「お前のことじゃなくて、のことをね《
「・・・・・・悪い《
「何が《
は顔を伏せた。燎琉はその頭に手を置く。
「別に目覚めたのはのせいじゃないだろう?《
「・・・・・・・・・俺たちが分かれるためになにをすればいい?《
「精一杯生きて欲しい。、君が死んでしまえば、緋乃と弓狩がやったことが無駄になってしまう《
「・・・・・《
「必ず助けてみせる。だからそれまでは諦めることをしないでほしい《
は小さく笑った。
「本当わかんないな・・・・・・人間って《
「私は人間じゃないんだが?《
「十分人間味があるよ。人間の妻を娶ってから人間らしくなってきた《
「そうかな・・・・・私はそういうつもりはないんだが《
「見ていればわかるさ《
が言うと燎琉は首をかしげた。本人はまったくの無自覚なのだろうが、の目には閻羅王太子ではなく、一人の人としてうつっていた。
あの女のそばにいるときには。
「晴明の孫か・・・・すまないね、いきなり現れて《
「いえ・・・・・・・・・あの《
「ん?《
昌浩は立ち上がって自分よりも遥かに長身の青年を見上げた。
もしも彼がから話を聞いている通りの人物だとすれば・・・・
「じい様はどうなるんですか《
「晴明か・・・・・・・・・・・《
燎琉は顎に手を当てて思案する。
「鬼籍帳には吊は刻まれていなかったからまだ大丈夫だと思う《
「そう・・・・・・・ですか《
「ただ。厳しいことを言うようだけれど、このままだといつ刻まれてもおかしくは無い《
「えっ・・・・・・・《
はきつい光を目に宿して燎琉を見た。
燎琉はそれをさりげなく無視すると昌浩を見た。
「私も助ける方法は知らない。そこらへんは自分で探すことだな《
「意地悪もついに吊人の域まできたか、燎琉《
「あ~はいはい。黙ってなさい、《
燎琉は有無を言わさずにの口に布を当ててしゃべれないようにした。
はもごもごと手で外そうとするが、その手もあっという間に縛られる。
「・・・・・・・《
「太子・・・・・《
「まぁいいからいいから《
"よくはないだろう"
螢斗も翡乃斗も溜息をついているがを助けようとはしない。
昌浩はどうしていいかわからずにと燎琉を交互に見ていた。
燎琉は昌浩をむく。
「から前に報告を受けていたんだが・・・・天狐が姿を現したようだね《
「・・・・・・《
様子を見ていた螢斗たちの視線がのほうへ移る。
それを見て昌浩や物の怪、燎琉の視線も移った。
「んーんーんーんーっっ!《
は必死で体を動かしている。どうやら布を解いてもらいたいらしい。
勾陳が顕現し、の口元を縛っていた布を外した。
「・・んの・・・・・・・くそ王太子がぁぁぁ!!《
邸全体が揺れそうになるほどの怒号が響いた。
昌浩は目を丸くし、螢斗・翡乃斗は耳を塞いでいる。
「おや、いつ目覚めたんだい?《
「このマヌケがっ!あんたが縛ったときにちょうど目を覚ましたんだよ!人が黙って内側で話を聞いていれば・・・・・天一は命の刻限が近いと言った。それは冥府関係者から言ってみれば鬼籍帳に吊が刻まれたということだろう!違うか、燎琉!!《
「・・・・・・・・・・・違くは無いね《
「つーかお前はさっき鬼籍帳に刻まれるのも時間の問題だって・・・・《
「言った《
「認めるのか・・・・・・・《
は額を抑え溜息をついた。
その場で昌浩と物の怪だけが話しについていけない。
「方法はあるんだろうな《
「ないと言ったらどうする《
「即効で言いつける《
「・・・・・・・・・《
燎琉は閉口してしまった。誰に言いつけるのかはっきりとしているからである。
「わかった・・・・・・・じゃぁだけに教えよう《
燎琉は意識が入れ替わったに小さく耳打ちした。
の瞳が僅かに見開き、ふせられた。
「それだけ・・・・・・《
「あぁ。それだけしかないな《
「・・・・・・・そうか《
は辛そうに昌浩を見た。
「助けられる確率は五分五分といったところだね《
の言葉に昌浩が固まった。
は鬱陶しそうに前髪を掻き揚げる。
「ったく・・・・・・どうしたらいいんだか《
力の無い自分が恨めしいと思う
何故いつも守りきれないのだろう
庇護されてばかりで、何一つ守れない
この髪、この瞳
一族と違っていたから
だから恨まれていると思った。だから嫌われているのだと
でも違っていた
本当は自分を守るためだったのだ
あの忌むべき相手九尾から自分を守るために、彼らは・・・
大切な人の時間を失わせたくない
あの人が傷ついて、あの子が傷ついて
いつも誰かが悲しんでいる
私は何故、この力を持っているの・・・・
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