どんなに体が離れていても、私はここにいるよ。
は夜警に出た瞬間ただならぬものを感じた。
胸を押さえ、地に膝をつく。その額から脂汗が流れていた。
呼吸がだんだん短く、速くなっていく。翡乃斗たちが何かを叫んでいるが耳には音として捕らえられない。
心臓が大きくなったかと思うと、の意識は途切れていた。
螢斗たちは体の毛を逆立たせた。彼らの目の前に倒れるの体から普段の彼女とは別の力が流れ出していた。
「これは・・・・・・・」
"晴明たちに話している暇もないようだ"
が起き上がった。
縛られていた髪がほどけ、真紅と銀の混ざった髪がその横顔を隠す。
二人の式を見た瞳は青磁色。
「・・・・・・・・むかつくやつの匂いがする」
澄んだ声がした。
青磁の瞳が闇をにらみつける。
「闇に染まった人の匂いだ・・・・・・・」
「・・・・・」
「久しいな、天津神。だが今はお前たちの相手をしている場合ではない」
"・・・・"
「この俺をここまで引きずり出したんだ。少しは相手になってやらないとな」
そう言って、否、彼女とは別のものが走り出す。
螢斗たちが慌ててあとを追った。
と呼ばれたは闇に包まれた通りを疾走する。
「おい、天津神!あの爺のもとへ行け」
「お前はどうするつもりなのだ、屡螺」
「あの小さな坊主を捕まえる」
"助ける、の間違いではないのか"
「好きに言っていろ!それとさっさと行かないと、あの男殺されるぞ!天狐でありがなら九尾の配下となったやつに!」
螢斗たちは互いに顔を見合わせると足を止め、と逆方向に走り出して行った。
走っていたの目の前に結界が現れる。冷めた目でソレを見てから前に手を差し出す。
結界とそれに触れている手から火花が散った。
「・・・・・・・・・・」
結界の中に入り込んだに幻妖が飛び掛ってきた。
造作もなくそれをよけ、手にした狭霧丸で切り伏せると闇をにらんだ。
「天狐の力を借りた人風情が俺に触れられると思ったか!」
闇を裂いてのの言葉に誰かが息をのんだのがわかった。
「・・・・・・?」
昌浩だった。地に押し付けられ、苦しそうにしながら驚いたようにを見つめている。
その背に幻妖がのしかかっている。つぃっと視線をめぐらせれば、彼のそばにいるのであろう神将たちも動けないでいた。
「役立たずの神将が・・・・」
狭霧丸を一閃させ、は歩き出す。神将と昌浩を押さえつけていた幻妖が断末魔の叫び声をあげて霧散した。
の目の前に僧がいた。
「ほう・・・・・これは珍しい。人と狐の合いの子ではなく、神と妖ときたか」
「黙れ。というかここからうせろ。迷惑だ」
「迷惑だと?」
僧はいぶかしげにを見た。
「かなり迷惑だ」
「何故だ?」
「邪魔なんだよ。ハッキリ言って、お前たちみたいなやつがいると俺が引きずり出されてくる。封印も弱まる。も俺も迷惑だ」
「表に出てきたいとは想わないのか?」
「残念ながら。俺は面倒くさいことは嫌いなんだ。さっさとお前がいなくなってくれると俺もまたゆっくりと眠れる。だから消えろ」
「残念だがその頼みは聞けない。その子供を殺すまでは」
僧の霊力がの四肢を切り裂いた。の霊力がそれを相殺していく。
「さすがは異形。そこしれぬその力・・・・・・やはりお前が・・・・・・・」
「黙れっ!」
を取り巻いていた霊力が一瞬にして神気へと変わる。
「燃やし尽くせ、輝津薙の焔!」
昌浩は瞠目した。今、の姿をしてるこの者はなんと言った。
が叫んだと同時に神気が一瞬にして緋色の炎へと変わり、僧を取り巻いた。
「昌浩!」
僧の術が解かれたのか、騰蛇と勾陳が駆け寄ってくる。それと同時に僧が作り上げていた結界が破壊される。
六合と玄武がやってきていた。玄武が昌浩に丸い石を渡す。
「これで終わりだな。さぁ答えろ。あの天狐はどこにいる」
「あの天狐・・・・・・・?」
「凌壽とかいう野郎だ。あいつが封印を解いた水妖のせいで俺は目覚めた。報復してやらないと気がすまない」
僧は顔を手で覆ったかと思うと笑い出した。の表情が不機嫌そうなものになる。
「何がおかしい」
「天狐に戦いを挑むか。たかが妖狐の端くれが・・・・」
「たかが・・・・・・?」
「神でもあり妖狐でもある。そしてその肉体は人間。お前はどの種族に当てはまるというのだ?」
「俺が入るようなところはないだろう。だがソレを貴様にどうこう言われる筋合いはない」
「・・・・・・」
僧は笑いを治めるとを見た。
「お前が望もうと望まなかろうと、凌壽には会うことになろう。そのときは私の望みが叶えられたときだ!」
僧の霊力が爆発した。玄武の波流壁が一同を包む。
その一瞬をついて僧の姿が消えた。はそれを感じると軽く舌打ちをした。
「悪いな、・・・・・またしばらく目覚めることになりそうだ・・・・」
はそう言うと倒れこむ。昌浩たちが慌てて駆け寄ると、いつもの漆黒の髪に戻っていた。
「いったい今のは・・・・・・」
誰もがそう感じられずにいられなかった。
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