緋乃が僅かに肩膝をあげた。
は微笑する。
「雑鬼たちでしょう。問題ありませんよ」
の言葉に緋乃はうなずいて穏形する。
「そういえば最近、緋乃も弓狩も刺々しいのですが・・・・・なにかありましたか?」
“いや、なにも”
「そうですか。あなたたちが何もないというのなら、何も聞きませんが・・・・・・・・」
はそう言って読んでいた書物に目を向けたが、口元が嬉しそうにほころんだ。
「帰ってきたようですね。これは・・・・・・・でしょう。迎えに出てきますね」
は書物を閉じると立ち上がって門のところへ歩いていく。
旅姿のがそこにはいた。
「お帰りなさい、」
「ただいま、」
「螢斗と翡乃斗も」
“うむ”
「安倍の嬢も健やかそうだな」
「緋乃と弓狩は?」
「部屋にいますわ」
「そう、わかった」
「・・・?」
「彰子っ!」
首をかしげながらの名を呼んだ彰子には抱きついた。
「やん、もう可愛すぎ!元気にしてた?」
「うん。も・・・・・・・元気そうね」
「疲れていたけど、彰子見たら吹っ飛んだよ」
「・・・・・昌浩は?」
「そこにくるか・・・・・・うん、彰子だもん。許す」
は口元に指を当て、軽く片目をつぶった。
「すぐに戻ってくるよ」
の言葉の直ぐあとに太陰が顕現した。
「戻ってきた」
その一言で彰子はぱたぱたと妻戸のほうへ向かって行ってしまう。
「ん〜お姉さんはなんだか悲しいな・・・・・・」
「まぁまぁ・・・・・・私も迎えに行って来ますわ」
「うん。わかった。じゃぁわたしは晴明のところに行っているからね」
は晴明のところに、は戻って着た者たちを迎え入れるために彰子を追った。
妻戸の光景を見たは固まった。彰子が固まっている。太陰が、穏形しているが勾陳が、そして・・・・・安倍家三兄弟長男成親が、固まっていた。
「・・・・・・・」
そのなんともいえない空気を破ったのはあとから遅れてやってきた昌浩と物の怪だった。
二人は妻戸の光景を見るとうめいた。
「あっ・・・・」
「ぬかった・・・・」
もここではじめて己の失態を感じたのだった。
は少しばかり荒っぽい足音に眉根をよせた。晴明は目の前で軽く笑っている。
「成親か・・・・・・・」
「ほっ、足音で誰なのかわかるようになったか」
「まぁね」
がちょうど溜息をついたときである。妻戸の外から声が聞こえてきた。
「おじい様、成親と昌浩です。ただいま戻りました」
「おお、戻ったか。入りなさい」
成親はのとなりに腰をおろした。の背後に昌浩と物の怪が座る。
「寮には行ったか」
「はい。そこでおじい様がお倒れになったと聞き、こうして見舞いに」
成親はそこで言葉を止めるとを向いた。ちょうどは腰をあげ、晴明の前を辞そうというときであった。
は成親の顔に浮かぶものを感じてもう一度座りなおした。
「・・・・・・・・お元気そうですね。心配ないようですから俺は帰ります。あとで昌親と一緒に見舞いに来ますよ」
「そうか、忙しいのにすまんのぅ」
うなずく晴明に、成親はふと居住まいを正して座りなおした。
「ところで、あの姫君たちはどなたです?」
晴明とは互いに顔を見合わせたあと、瞬きを一つして成親を見た。
「成親よ、誰しもひとつやふたつやみっつやよっつは人に知られたくない秘密というものを持っているのではないか?」
「いつつもむっつもななつも持っているおじい様には言われたくないけれど、そうですね」
は成親と晴明のやり取りを聞いていた。さすがは安倍家(孫三兄弟)長男。生きてきた年月が違う。
昌浩とは比べ物にならないほど晴明とやりあっている(勝っているのかどうかは定かではないが)
「二人いましたよね。幼い感じの姫とその姉のような姫・・・いったい」
「」
「うん?」
「説明せい」
「いやだ」
はつんとそっぽをむいたが、晴明と目があうと溜息をついた。
「てか事情に詳しいのは晴明じゃない」
「病人に難しい説明をさせるでない」
「あ〜はいはい、わかりましたよ。一人は少し色あせた藤の姫、もう一人は安倍家遠縁の姫だそう。間違っても姉妹じゃないから」
成親はのちょっとだけひねくれた言葉でも分かったのかうなずいた。
「なるほど・・・・・それではおれはこのくらいで」
「私も失礼するわ」
「うむ」
成親とは晴明の部屋から出て行った。
二人して歩いていくと太裳が姿を見せた。
「お帰りなさい、」
「ただいま」
太裳のそばへがよっていくのを微笑ましそうに成親は見ていた。
が、あと一歩のところでの体が倒れる。
太裳がその体を支えた。
「?!」
「ごめ・・・・・疲れているだけだから」
「そんなはずがないでしょう。顔色が悪いですよ。成親、すみません。私は彼女を部屋まで運ぶので」
「わかっているさ。ゆっくりしてこい」
「ちょ、成・・・・・・それどういう・・・・・」
「、何もしません。ゆっくり休みましょう」
「・・・・・・・・・・」
太裳との姿が消えた。成親は溜息をつく。
「あの・・・・」
「ん、あなたは・・・・・・・」
「と申します。先ほどは失礼をしました」
「いや・・・・・・・・・・・・誰かに似ているな」
「えっ」
成親は背後のの顔をまじまじと見た。
は逃げるように半歩さがる。
「誰だっけ・・・」
“成親、お前戻らなくていいのか?”
「えっ、あっ螢斗」
“姫が待っているのではないのか?”
螢斗がいうと成親は慌てて家へと戻って行った。
は申し訳なさそうな顔をして螢斗を見た。
“ばれたらまずいのは、お前だろう?安倍の嬢”
「それを聴かれてもまずいと思いますわ・・・・」
の言葉に黒狼は僅かに首をかしげた。
は小さく笑みをもらすと黒狼の頭を撫でた。
「もうゆっくりとはできないようですね、螢斗」
“あぁ”
「なんとしてでもと昌浩と父様を守らなければ・・・・・」
何故だろう。こんなにも胸が痛くなるのは。
守りきれないから?助けてあげられなかったから?
いいや、きっと違う。
あの悲しそうな笑みを見るたびに痛くなる。
すべてを狂わせたくなる。すべてを歪めたくなる。
今のままでは悲しむ人がいるから。今のままで、泣いてしまうから。
弱いままでいたくない。強くなりたいと願う二人のために・・・・・・
私は・・・・・・・・・
14 16
目次