昌浩の額に黒灰色の模様が描かれていた。呪符を焼いた灰で描いたものである。
これがあれば、見鬼の才をまかなうことができる。気休め程度に過ぎないが・・・・
は狭霧丸を構え、水面をにらんでいた。水面が不穏にゆれたかと思うと妖獣が飛び出してくる。
が、妖獣は水際で何かに阻まれそれ以上前へは進めない。玄武の波流壁がそれ以上の侵入をこばんだのだ。
"漆黒の剣に連なる我が配下よ。主に仇なす悪しきものを常闇へと誘い給え"
「光に集いし精霊たちよ。主の命に従いて闇の獣を打ち砕け」
「境の川を渡る風は不可視の壁となりて我が盾となる。冥府へ誘う風は不可視の刃となりて敵を討つ」
、螢斗、翡乃斗の言霊が力を生み出し、妖獣たちを粉砕する。
「はじめっからこうすりゃよかったんじゃん」
「確かに」
三人ともぼそっと呟いた。
自分たちに向かっていたほうをあらかた倒し終え、は昌浩のほうをむく。
そちらのほうも順調に倒しているようだ。
「親玉が出てくるのも時間の問題ね」
狭霧丸を鞘に収めは小さく笑った。
そのときである。
水面から飛び出してきた触手がの首をつかみ、水中へと引きずり込んだ。
「ぐがぼっ?!」
突然のことだったために、は口の中の息をすべて吐き出してしまう。
腰の刀に触れようとするたびに、首が強く締まり何もできなくなる。
『助けて・・・・助けてっ!!』
誰に助けを求めたのかはわからない。
水を飲み込んで、意識が遠のく中、は白銀に輝く毛並みを持った生き物が水中に飛び込んでくるのに気がついた。
「が?!」
"待てっ!!"
を追って水中に飛び込もうとした翡乃斗を螢斗が押しとどめた。
じれったそうに同胞を見やる翡乃斗だが、螢斗の目を見て何かに気がついた。
「これは・・・・」
"きたっ"
直後水中に何かが飛び込んだ。
やがて水面からあがってきたのは白銀の大きな狐だった。の衣を咥え引きずりあげる。
螢斗たちはそれを手伝った。
「息はあるようだな・・・・」
翡乃斗のいった言葉を聞き、狐は姿を消した。
「・・・・・・」
螢斗たちは黙って狐の消えた方向を見た。そして・・・・・
「騰蛇?!」
水中からいきなり火柱がたった。の体と自分たちのまわりに結界を瞬時に張った。
そのまま様子を見ていると少しずつ炎の勢いが弱まっていく。
「ん、ん・・・・・・」
「!」
「螢・・・・・・斗?」
"よかった・・・・・・大丈夫か?"
「げほっ・・・・少し水飲んだだけ・・・・二人が助けてくれたの?」
の問いに二人して顔をそらす。
はきょとんとして、二人を見返した。そこでやっと事態に気がついた。
「騰蛇の神気が爆発している・・・・・?」
"今さっきな"
「だが、もうやんだ」
が水面をむくとちょうど勾陳が騰蛇を支えてあがってくるところだった。
はふらつきながら立ち上がるとそちらへむかう。螢斗たちはじっとの背を見つめていた。
「昌浩・・・」
「、昌浩がっ!昌浩がっ!」
「わかっている。落ち着いて・・・・・」
は昌浩のそばに座るとその心臓部に手を当てて押した。
昌浩が水を吐き出す。そうしていると騰蛇がそばまでやってきた。
「ま・・・・・・・・昌浩」
は騰蛇を無視し、心臓を押し続ける。
「起きて・・・・あなたのそばにいるべき人が戻ってきたんだから・・・・・・」
はそう呟きながら昌浩を目覚めさせようと必死だ。
「・・・・・・騰蛇、あんたのすることはなにっ!?そうやって自分のしていたことに幻滅しているつもりなの?!あんたが今できるのはなによ」
「昌浩・・・・・昌浩っ!」
半ば半狂乱になった騰蛇の頬に勾陳の平手打ちが鮮やかに決まる。
は僅かに昌浩が動いたのを感じた。ぼんやりと開かれた瞳がを捕らえる。
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・貴方の求めるものが戻ってきたよ」
そう言うと昌浩は安心したようにそっと笑って、目を閉じた。
「とにかく私ができるのはここまでだ。はやく薬師を探し出して昌浩を見せなきゃ。六合、連れて行って」
六合はうなずくと昌浩を抱えあげた。成親も立ち上がり、六合のあとを追う。太陰と玄武もそれに続いて穏形した。
と勾陳は騰蛇を見ている。螢斗たちも穏形しているようだ。
「戻ってきなさいよ、騰蛇。あんたがいないと昌浩が元気ないんだから」
そう言っては庵に戻ったのであった。
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