燎琉はを見た。は長椅子で膝を抱えて座っている。
声をかけるのをためらわせる何かが彼女から流れ出している。
「・・・・・・」
そのとき、執務室の扉が大きな音を立てて乱暴に開かれた。
「っの・・・・・・!」
「・・・・・・・・篁?どうしたんだい、そんなに怒って」
「怒るに決まってんだろっ」
口から炎を吐き出しそうな勢いである。は視線をちらりとむけ、無視した。
「・・っ!」
「知らない」
「、なにがあった?」
「別に、なにも」
燎琉の言葉も聞かずは動かない。
「上で螢斗やあの小僧が心配しているぞ」
「知らない」
「、どうしたんだい。君らしくもない」
「なんだか泣きたくなったの」
燎琉は席から立ち上がっての頭を撫でる。
は燎琉を見て、そして涙を浮かべた。
「燎琉・・・・」
「なにか辛いことでもあったのかい?」
「・・・・・・・私は力がない弱い人間なんだなって思って」
「あの神将のことだね」
「うん。私は昌浩も騰蛇も救うことができなかった。二人が傷つくのをとめることができなかった」
「悔しいかい?」
「うん・・・」
燎琉はそっと柔らかい笑みを浮かべた。
「は一生懸命やった。私をはじめとして、も父上も陸幹も、篁もわかっているだろう」
「でも私は・・・・」
「、君は冥官だ。人の運命に触れることはできない。星宿を変えることができるのは、天照と月読の定めた運命に変更を加えることができるのはイザナギ神くらいだ」
「うん」
「君が背負う必要のないものだ」
は目とぎゅっととじたかと思うと燎琉に抱きついて泣き始めた。
燎琉は優しくを抱き締め返して背を撫でた。篁は納得の行かない顔でと燎琉を見ている。
燎琉はソレに気がつくと、そっと笑った。
しばらくのさせるままにさせていたが、やがては目元をぬぐいながら燎琉から離れた。
「ごめん」
「ううん、いいんだよ」
ほんのちょっと照れたように笑ったの顔が強張った。
「昌浩?!」
「上で何かあったようだな」
「・・・・・・・・戻らなきゃ」
の姿が瞬時に消える。
燎琉と篁は僅かに瞠目した。来た時もそうだが、冥府と現世を繋ぐ扉をは開いたのだ。それは冥王族だけの特権だというのに。
「・・・・・・・・確実に目覚めの時が近づいているのか」
「あぁ・・・・」
止めることは許されない。身内だからといって運命を変えることはできないのだから・・・・
「昌浩?!」
突如部屋に現れたに成親と昌浩、神将たちは度肝を抜かれた。螢斗たちが慌てて紫に飛びつき、押し倒す。
「ちょ、二人とも!!」
「動くなっ!」
鋭い、いつもと違った硬い声音に誰もが動きを止めた。
金と翡翠の瞳がを凝視する。
「なんてことだ・・・・・・」
"あのマヌケ閻羅王太子・・・・・封印術が解けかかっているではないか"
「はい?」
二人の言っている意味が分からない者達はきょとんとした。
軽く翡乃斗が首を振ると、螢斗がの上から降りる。
「重たい・・・・」
「それはすまなかったな」
式神たちはしれっとして言った。はやるせない想いを抱えながら昌浩に向き直る。
途端、胸に鋭い痛みがはしった。昌浩もそうなのか、同じように胸を抱える。
「っ?!」
「、昌浩っ?!」
成親が二人に声をかけるが二人とも聞こえてはいない。
「"我らが言葉をもってここにその血を封印する!"」
螢斗と翡乃斗が叫ぶと同時に、二人の胸の痛みは引いて行った。
荒く息をつきながら、昌浩とは顔を見合わせる。
「なに、今の・・・・・・・・」
「も感じた・・・・・・」
「なにがあったんだ、螢斗、翡乃斗」
「・・・・・・・・・・」
"・・・・・・・・"
成親に聞かれても二人は何も言わない。は二人を見た。
「答えて」
「・・・・・・・・・血が引き合った」
「血?」
「昌浩との体内に流れる血同士が反発したんだ」
「でもそんなこと言ったらは昌浩と顔を合わせるたびに・・・・」
"今までは封印を施していた。その封印が一時的に弱まったせいで起きたんだ・・・・・・・封印しなおしたからよほどのことがない限りは問題なかろう"
二匹はそう言って姿を消してしまった。
は軽く溜息をついて、昌浩と向かい合う。
「昌浩、あのね・・・・・」
「俺はどんなときだってを信じてるよ。が俺にしてくれたこと、忘れないから」
「昌浩・・・・・」
「・・・・・・・・・、昌浩とともにここに残ってくれないか」
「えっ?」
成親の言葉には首をかしげた。いったいどういうことなのか、ということをたずねてみるとがいなかったときのことを話してくれた。
「人を喰らう妖獣・・・・・・確かに早く調伏しないと被害が増えるね」
「俺と神将たちで行く。お前たち二人で・・・・」
「「一緒に行く」」
昌浩とは同時に言った。成親が驚いたような顔をして二人を交互に見る。
「昭吉や弥助と約束したんだ。必ず母親を治すからって」
「やられっぱなしってのもいやだしね」
強気な二人である。しかし頼りにはなる。実戦経験を成親よりも多くつんでいる昌浩と、昌浩をも凌ぐ実戦経験を持っているが味方ならば何も問題はない。
「わかった。だが、二人とも急に倒れてくれるなよ」
「わかってるよ」
昌浩とは立ち上がって庵の外へと出た。
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