「あれ、は?」
「なら朝早くから出掛けましたよ」
「・・・・・どこに?」
「さぁ・・・・」
“恐らくは小野本邸だろう。晴明に休暇も貰っていた”
「小野家のお邸に?何が・・・」
螢斗は何も言わなかった。
ただ黙ったまま小野家の邸があるほうをじっと見つめる。
螢斗や翡乃斗に何も言わずに姿を消してしまった。
また翡乃斗も何も言わず姿を消している。まったく主従そろっていい度胸だ。
は父の部屋で横になっていた。
何をしようという気力も起きない。無意識のうちに涙がこぼれだしてくる。
「・・・・・」
月読の声が聞こえてきた。は動こうとはしない。がすぐ奇妙な違和感を覚えて顔を上げる。
そこにはいつもの月読がいた。は首をかしげる。どこかがおかしい、と。
それには気がついた。月読の髪色は綺麗な銀。しかし今立っている月読の髪色は灰色になっていた。
瞳も同色に輝いている。
「なんで・・・・・」
「君と交わるために神の力を兄上に預かってもらっている」
「なんで私と交わるの・・・・・・それは絶対の禁忌じゃ」
「今の私は神ではない。ただの人だ。神であるならば、だってすぐに気がついただろう?」
「確かにそうだけど・・・・・でもなんで交わらなきゃいけないの?」
「そうしなければお前の呪いを私に移すことができない」
月読の言葉には瞠目した。月読は儚げな笑みを浮かべる。
「お前を救う最後の方法だ」
のそばに膝をついた月読の手がの頬へと伸びる。
は動けなかった。華奢に見えるくせに無駄な筋肉がいっさいついていないその体に抱きしめられても。
「月読・・・・・・・・」
「心配することはない。呪いは私が引き受けよう。少しずつ長い時をかけて全てを浄化する。
そうすれば、お前も想い人と幸せになれる」
の耳元で小さく愛してる、という言葉が囁かれた。
「馬鹿じゃないの・・・・・・馬鹿だよ・・・・・・・・私もあなたも・・・・・・・・・」
「?」
「今更なんだよ・・・・・・・この想いに気がついても・・・・・・・・・」
「・・・どうし」
「私は月読が好きなんだよっ!行成様じゃない!月読が好きなんだ!!」
「えっ・」
「月読が好き・・・・月読が好きなんだ・・・・・」
は涙をこぼしながら月読を見て微笑んだ。
「私が好きなのは月読なんだ」
月読の唇とのそれが重なった。
月読もはじめは唖然としていたものの、の後頭部に手を当てると深く、何度も角度を変えて口付けた。
「んふぁ・・・・・・・・」
口を離した二人の間を銀の糸がつないでいた。
「・・・・・愛しているよ」
「うん」
「力を抜けば大丈夫だ・・・・・」
「怖い・・・・」
月読は一糸まとわぬ姿になったをまぶしそうに見た。
白い肌の半分は黒く引き攣れた傷があるが、もう半分は傷ひとつなく美しいままである。
月読は舌をの体に這わせた。
「やっ・・くすぐったい」
「でも気持ちいいだろう?」
「うん・・・・・不思議とね」
月読はの頬に手を滑らせた。優しく唇を重ね合わせる。
「ん・・・・・・っ?!」
の下半身に痛みが走った。
体を痛みばかりが支配して何も考えられなかった。
「あっ月読・・・・・・っ!」
「・・・・・・・君は・・・・・・」
「っっ!?」
の意識はいきなり飛んだ。
「・・・・・」
「ん・・・・・・・・・」
の瞳が相棒の翡翠の瞳を捕らえた。
翡乃斗はため息をついて前髪をかきあげる。
「翡乃斗・・・・・」
「昨夜は月読とやったようだな・・・・・・・・・呪いをとくために」
翡乃斗の言葉にははっとして起き上がった。
途端腰に痛みが走る。
「っつ」
くの字に体を折ったを翡乃斗が心配そうに見た。
「無理をするな。まだ体に痛みが残っているだろう」
「そうか私・・・月読と」
「あれは人だった。神の力すべてを天照に預け、人の身となってお前と交わった。禁忌には触れていない」
「そっか・・・・・って・・・・・・・私月読のことが好きだったんだね」
翡乃斗は呆れたように溜息をついた。
「気がつくのが遅いだろう」
「だって・・・・・・・・・・認めたくなかったんだよ」
神だから・・・・・・人である自分とは違うから、だからこんな想いなど抱いてはいけないと思っていたから。
いつの間にか、自分の中で月読への恋慕を拒絶していた。
「・・・・」
「大丈夫。やっとすっきりしたからね」
は笑った。
翡乃斗も笑い、そしてを抱きしめた。抱きしめられた本人の瞳は丸くなる。
「お前は人なのだ、・・・・・・だから無理をするな」
「・・・・・・・うん、ありがとう、心配してくれて」
はふと自分の体を見た。
何も纏っていない体には傷ひとつない。
「えっ」
傷ひとつない?
は慌てて翡乃斗の体から離れると自分の体を見た。
すらりとして、女らしいくびれや丸みが目立つ体にあったはずの呪いの傷跡が綺麗さっぱりなくなっていた。
そんなものなどはじめから存在していなかったかのように。
「?」
「翡乃斗、呪いがないよね・・・・・」
「あぁ。すべて月読が体に移した。長い時はかかるが、完全に浄化すると言っていたぞ」
「・・・・・・・・・・・・・」
「お前が女の姿をとれるように」
「・・・・・・・・・翡乃斗」
「うん?」
「今度、今度高天原に戻ったら・・・・・月読と天照にありがとうって伝えて・・・
私昨日耐えられなくて気絶したからちゃんと伝えてないの」
「わかった」
翡乃斗はうなずいた。
そして思い出したように言う。
「そういえば螢斗が怒っていた。何故黙って姿を消すのかと」
「あ〜やばい・・・・・螢斗怒らせると怖いんだよね」
二人は螢斗が激怒している様子を思い出して失笑した。冗談じゃなくなりそうだ。
「さて帰ろうかな」
「お前「たっ!」」
は腰を抑えて涙目になる。翡乃斗は溜息をついた。
「・・・・・しばらく休みを貰ったのならその痛みが引くまでここにいろ。食事は俺が安倍家から持ってくるから」
「わかった。ごめん」
翡乃斗は苦笑をもらすとそっとの額に口付けた。
「お前が女になれて俺たち二人ともよかったと思っている」
「翡乃斗・・・・・・・」
「無理をするなよ?」
「うん」
と翡乃斗は互いに笑いあった。
その直後堪忍袋の尾が切れた螢斗が飛び込んでくるまで・・・・・・・・
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