「月読さまのおかげですわね」
「うん。天照にもお礼言わなきゃね」
とはそんな会話をしていた。
傍らで二人の鬼、二匹の物の怪が座っている。
「でも・・・・・・・・まだ行成様は救われてないわ」
「そうですね。としては心配でしょう」
「うん」
とのあいだに沈黙が落ちた。
重すぎる沈黙に鬼も物の怪たちも何も言えない。
「・・・・・・・・・一度陰陽寮に行こうと思う」
「今から・・・・・・・ですか?」
「うん。行成様の様子も気になるし、昌浩と・・・・・・・・・嫌な予感がするものがあるんだな、これが・・・・・・・しかもこういう系の勘は外れたことがないってのが悲しい・・・・・・・」
はほろほろと泣くまねをしながら烏帽子をかぶる。
「翡乃斗たちは連れて行きませんの」
「うん。ただ様子見てくるだけだからさ。じゃぁ行って来ます」
はほんの少し遅く出仕していった。はそれを見送りつつと同じように嫌な予感に囚われていた。
主の胸のうちを察したのか緋乃が声をかけてくる。
「様・・・・・・」
「不安を口に出したら本当になってしまうと聞いたことがあります。だからあえて何も言いません」
「その要領で行くと確実にの嫌な予感は当たっているぞ」
"むしろ口に出してしまうから当たるのだろう"
と三者三様に心配されているは・・・・・
「・・・・・・・・・・気配がおかしい」
陰陽寮につくといつもと違った気配がすることに気がついた。軽く首をかしげ、当たりの気配を落ち着いて探る。
そして走り出した。すれ違う陰陽生たちが不思議そうに声をかけてくるが知ったこっちゃない。
「昌浩っ!」
塗籠へとむかう角を曲がると瘴気をはらんだ空気が鼻をついた。
「これは・・・・・・・・」
昌浩は傷だらけで欄干にもたれている。傍らで物の怪が心配そうに昌浩を見上げていた。
「昌浩、騰蛇。何があった!」
はっとして、背後を振り返る。
「・・・・・蔵が・・・・・・・・・・」
開かれたままの蔵に飛び込んだは絶句した。
「怨呪の玉が・・・・・・・・ない」
「藤原敏次が怨霊に憑依されたぞ」
「敏次が・・・・・・・では怨珠の玉は・・・・・」
「恐らくは行成に呪詛をかけるためじゃないか」
「昌浩、立てる?あぁ立てないのなら私の肩につかまるといい」
物の怪が軽く目を瞠る。何故いきなりの口調が変わったのか、と。そして背後を振り向いて気がついた。
陰陽生たちがやってきたのだ。
「吉昌様の元に行こう」
「うん・・・・・・・・・」
「螢斗、翡乃斗、やるべきことはわかっているな」
自らも同じように悪寒を感じていた傍らの物の怪たちはうなずくと姿を消した。と昌浩は吉昌のもとへむかう。
「敏次殿が憑依された・・・・・・・・・!」
「陰陽師の体は色々な呪術が体得されているから隠れるにはもってこいなんだと思う。そして余計に厄介だ。今螢斗たちに探し出させているけど見つかるかどうか・・・・・・」
怨珠の玉のことはも知っていた。凄まじい通力を宿したそれは使えば標的を必ず呪殺できるものなのだ。使うには相応の霊力が必要だろうが、怨霊の怨嗟と敏次の知識があれば問題ない。
「吉昌様、しばらく昌浩に休暇を与えられないでしょうか」
「・・・・」
「直丁の仕事ならば私が式を使ってなんとかしましょう。敏次の分まで。昌浩、自分で行成様を助けたいでしょう?」
「うっ、うん・・・・・」
「昌浩?」
は苦い笑みを浮かべる昌浩を不思議そうに見た。
「俺ってさ、すぐに休むし、忙しい時に一月も休暇とったりするし、残業もしない早々に退出したり、はたから見たら頭に来ると思うんです。出世なんて無理そうだなって思って・・・頑張って挽回しようと想っていたんだけど、やっぱりだめみたいです」
昌浩は父に頭をさげた。
「敏次殿を探して助けます。だから片付くまで休暇ください」
吉昌は天井を仰いで重い溜息をついた。
「まったく頭になんと奏上すべきか」
「それは問題ないと思うぞ。こいつがいるから」
物の怪は長いつめでを指した。
「はっ、私?」
「こいつもとりあえずは陰陽頭の片割れだろう。晴明の代理でこいつが言えばそれなりに無理も通る」
「騰蛇、そりゃムリだろう。私だって最近は休んでばっかだし」
色々とあるのだよ、というものの物の怪は取り合わない。
「こいつなら帝も動かせるだろう。問題ない」
「いやいや、誤解しまくりだから、キミは・・・・・・・帝は別問題だろう」
「昌浩行くか」
「おーい、なにさり気なく無視してるのかなぁ、物の怪君・・・・・」
「物の怪言うな、」
「言うわよ、堂々無視されてたらね」
二人とも今にも取っ組み合いを始めそうな勢いである。仕方なしに昌浩は物の怪を、吉昌はを抑えた。
「ほら、も。出仕してきたらちゃんと仕事をやることだ」
「はぁい・・・・・・・・・」
小さい頃から昌浩と同じように可愛がってくれた吉昌に頭があがらない。もちろん露樹にもだ。
は渋々といった様子で部屋を出て行った。
「あぁそうだ。陰陽頭には伝えておくから安心してね」
は一度だけ顔を覗かせるとまた去って行ったのであった。
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