「怨霊の名は穂積諸尚、遥か昔藤原氏によって罠にはめられ左遷された貴族です」
「罠?」
「呪詛を行ったと・・・・・・ですが彼自身は呪詛など行っておりません。藤原氏の策略といったところでしょうか」
「ちなみにはめたのは・・・・・・?」
「藤原伊尹・・・・・・行成様の祖父ですわ」
「・・・・・・・・・・・・・・」
は瞑目した。
その全身から発せられる気配がかすかに怒気を含み始める。
「・・・・・」
「政治の場がきれいごとばかりじゃないことは知ってる・・・・・・・でも私は死者が生者に危害を加えるってのが気に食わない・・・・・」
冥官故にその理が重い。そして危害を加えられるのが何の関係もない行成だと余計に気に食わない。
「出掛けてくる」
狭霧丸を佩き、は立ち上がる。
「ちょっくら呪詛の元を探しに行ってくる・・・・・螢斗、あんたの鼻が必要」
「俺が犬じゃないんだが・・・・・・・・・」
「姿が犬だからいいの」
螢斗の、狼だ、という文句を無視しては屋敷を出る。空を見上げて不穏な気配を探した。
何かの幕に覆われているかのような空はこれから起こることを示していたのかもしれない。
は部屋から空を見上げ背後の禁鬼たちに命じる。
「都を守りなさい。なにがあっても敵の思う壺にさせないように。それと父上の邪魔をするものは即刻排除なさい」
"御意"
二人の気配が消える。
そしてそのとき、それは起こった。
は目を瞠った。
「これは・・・・・」
同じようには空から落ちてきたものを見て目を瞠った。
「なにこれ・・・・・・」
空から落ちてきたものは地に触れると恨鬼へと姿を変える。否、落ちてきたものがこの地に眠る恨鬼たちを目覚めさせているのだ。
「螢斗、昌浩を見つけたら伝えてちょうだい!都は私たちに任せてあんたは呪詛のほうに注意しろって!!」
「は」
「翡乃斗がいるから大丈夫!」
「わかった」
螢斗が消え、翡乃斗の体から神気から吹き上がった。小柄な物の怪の体が一瞬にしてたくましい青年の姿へ変わる。
「行くよ、翡乃斗。久々に暴れられる」
窮奇の一件から久しく暴れていなかったが(大蛇の件は昌浩と一緒だったこともあり数えに入っていない)久々に大暴れできそうだ。
「さっさと無に変えれ、恨鬼ども」
の体から霊力がほとばしる。それと同時に恨鬼たちも動いた。
緋乃と弓狩はその様子をどこぞの貴族の屋根から見ていた。彼らの周辺には恨鬼の骸が転がっている。
「さすがですね、様は・・・・」
「我にはただの八つ当たりに見える・・・・・」
「昌浩殿も中々・・・・・・・」
「まぁ晴明の孫だからな」
どこか呑気な会話をしながら、彼らはそれでもどんどん骸を積み上げていく。
「・・・・・・・・・・・・」
しばらくして恨鬼たちがいっせいに消える。
「昌浩はやったようね」
は都を見回して微笑んだ。翡乃斗は物の怪の姿に戻るとの肩に飛び乗った。
"いささか拍子抜けだな"
「暴れたりない〜〜〜」
文句を言うはいきなりその動きをとめた。翡乃斗もいささか固まる。
緋乃と弓狩も不穏な空気を読み取った。
突如それは起こった。地面がぐらぐらと激しく揺れ、も立っていられず尻餅をついた。
翡乃斗が地に降り立ち、ある方向を見やる。
"将軍塚が鳴動した・・・・・・"
「将軍塚って・・・・鳴動する時は国の大事って・・・・・・」
"その将軍塚だ"
は背筋に悪寒が駆け下りていくのを感じた。
振り向けば巨大な大蜘蛛がいる。は硬直した。
翡乃斗がはっと目を瞠る。
"お前は・・・・・っ"
『・・・・・・・胎動が、強まった』
「え・・・・・・?」
『時は少ない。阻まねばならぬ』
「ちょ・・・どういうこと?」
『日の沈む地。闇より深い根の国。目覚めさせてはならぬのだ』
そして唐突に蜘蛛の姿が消えた。は唖然とする。
傍らで翡乃斗が歯噛みしていた。
"くそっもっと簡潔に話せ。というかあれじゃぁ簡潔すぎるだろう!!我ら天津神にだってわからんことはあるのだ!!"
「翡乃斗?」
"、あれはとある聖域の守護妖のうちの一体だ"
「えっなに、あんな蜘蛛がもっといるの?!」
"蜘蛛だけではない。蜥蜴、百足とまぁ・・・・・・姿は巨大だな。だが主には忠誠を誓う、それなりにいいやつらだ。あいつらは普段聖域を守っているはずだが、何故都などに・・・・・・・"
「とりあえず帰ったほうがよさそうね。晴明や昌浩のこともあるし、も・・・・・・」
"そうだな"
安倍邸に戻った二人が真っ直ぐ晴明の部屋にむかう。
「晴明・・・・・・・」
「か。そう厳しい顔をしているということはお前も感じたのじゃな」
「うん」
"晴明"
翡乃斗が進み出た。
"聖域の守護妖たちが都に姿を見せた。恐らくあちらで何かが起ころうとしているのだろう"
「聖域・・・・・・・・・・まさか」
"しばらく十二神将をにつけておいてくれ。我ら二人は一度確かめてくる。連絡は風でよこそう。太陰か白虎に読ませろ。以上だ"
翡乃斗はが止める間も無く姿を消した。しばらく唖然としていたと晴明だったが、ふといくつかの声が聞こえたことで我にかえった。
「ごめん、晴明。うちの式神のしつけがなってなくて・・・・」
「いやかまわん。では誰にするかの・・・・・・・・太裳と・・・・勾陳でよいか」
「十分すぎるよ。ありがと」
なんだか精神的に辛そうだけど、とは言わずには立ち上がった。
部屋に戻る途中、昌浩の部屋をのぞいてまだ誰も帰っていないことを確認した。恐らく先程の声は禁鬼たちの声だろう。
に何かあったのだろうか。
「、いい?」
「・・・・・・どうしたのですか」
「将軍塚の鳴動ってその前に、昌浩はうまくやったようだね」
「えぇ。さすがは、晴明の孫、ですわね」
「〜怒られるよ〜」
はクスクスと笑って言う。は衣の袂で口を隠して小さく笑った。
「そういえば、将軍塚が鳴動した。も霊力あるんだから気をつけてね」
「はい。あら、螢斗たちは?」
「あっなんか聖域の様子を見てくるーとか言って姿消したけど・・・・・」
「聖域・・・・・?」
の言葉が僅かに凍りついた。が誰もそれに気がつかない。
「呪いをといて呪詛をといてもまだまだ忙しそうね」
は溜息をついたのであった。
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