昨夜貴船の神が、また、昌浩に憑依した。
感じてはいたがわざわざ起きる必要もなかったため、はそのままくかーと寝ていた。
その翌日である。

「昌浩は何があった?」

傍らでお座りをする白の物の怪にそうたずねる。物の怪は尾を一振りして答えた。

「彰子とともに寝ていたからだろう」
"お前たち、もうそんな関係なのか"
「翡乃斗、純粋な子供たちを苛めたらいけないよ」

もぐもぐと朝餉を食べるは言う。黒い物の怪は軽く笑う。

"冗談だ。まぁ何があったのかは容易に想像できるがな"
「彰子姫、いくら同じ屋根の下といえども、夜中に異性の部屋へ行くのはあまり感心できませんよ」
「すみません・・・・・」
「確かに、とても気になる神気ではありましたがね」

は微笑みながらへと視線を投じる。その視線を受け、背筋にぞくりとしたものを感じただがあえて無視した。

"と彰子は仲がいいな"
「そうね」

そういえば彰子がここに居候すると決まった時、既にはいなかったはずだ。
が、しかも最近当然のことのように戻ってきているを見て彰子も昌浩もひいては吉昌たちは何も言わない。
理由を知っているのはと晴明のはずだけなのだが・・・・・・へ視線をむけた。
はきょとんとして小さく首をかしげた。

「・・・・・・・・・・・」

なにかしたな、と想ったが何も言わず朝餉を食べ終える。確か昌浩はこれから三日ほど物忌みのはずだから出仕するのは吉昌とだけだ。
は部屋に戻って男装をする。呪いもとけたのだから何も出仕する必要などないのだが、既に日課となってしまったため出仕せずにはいられない。
安倍家の屋敷を出ては足を止める。ふとあらぬ方向へと目をやる。なんだか風にのって一瞬嫌な気配を感じた気がする。

「・・・・・気のせいだといいなぁ〜〜」

気のせいじゃないとわかっているからこその言葉である。傍らに穏行している物の怪二匹が苦笑を漏らした。

「だが・・・・・の勘は外れぬ。嫌な気が我らも感じた」
"あぁ・・・・・・・・触れるもの全てを穢す様な気だったな"

二匹も同じ気を感じたらしい。
陰陽寮にやって来たは自分の部屋に入り、仕事の多さに眼を見開く。

「私こんなにさぼった?」
「いや、しょっちゅう休んでいるやつの分が回ってくるんだろう?」

暗に昌浩の分だ、と言っているような気がする。式神か何かで屋敷まで持っていってやってもらえないだろうか・・・・・・と大真面目に考えてしまう。

「そういや、・・・・・・・・最近都の雑鬼たちが騒がしいが?」
「何かあったのか?」
「そのようだ。なにがあったのかは詳しくは知らんがな」
「・・・・・・・・・・さっき感じたあの嫌な感じといい、雑鬼たちの騒がしさといい・・・・・・・調べたほうがいいだろうな」
「あぁ」

とまぁそんなこんなで出仕を終えたは安倍家に戻らず小野家へむかった。
時たま掃除をしなければ汚くなってしまうのだ。黙々と部屋を綺麗にしながらは朝方感じた不穏な気配のことを考えた。

『聖域の守護妖か・・・・』

書物片手に動きを止めたに背後から腕が回ってきた。

「なにをしているんですか、
「ひゃぁっ?!」

耳元で囁かれ、は飛び上がる。反射的に逃げようとするが、体は抱きとめられて動かない。

「ちょ、えっ、やっ、太裳!」
「なにをそんなに驚く必要がありますか」
「いきなりは驚くでしょう?!というか背後から腕を回すのはやめてちょうだい」
「前からならいいのですか」
「そういう意味じゃないって!!」

太裳は軽く笑うとさらに腕に力をこめ、の体を抱き締めた。その時点で既には身動きひとつ取れない。
溜息をついている二匹の式神をはにらみつけた。

「助けて」
「いや、そいつの怒りに触れるのだけは勘弁願いたい」
"確かに。我らは別の場所を掃除しているからあとは好きにしてくれ"

薄情にも二匹して別の部屋へと行ってしまうではないか。
太裳は僅かに苦笑してを放す。

「なんか気抜けるわ・・・・」

は溜息をついて太裳を見た。

「そういえばまだ私のそばにいたの?螢斗たちも戻ってきたから戻ってもいいのよ?」
「戻っても、ということはいてもかまわないのでしょう?現に勾陳は戻りました。ですが私がこんな好機を逃すはずないじゃないですか」

何の、とはあえて聞かないことにする。そのほうが幸せになれそうだ。
思い返せば、自分の周りには性格が歪んでいる者が多いような気がする。

「呪われてるのかな、私・・・・・・・別の意味で」

そんなことないよ、と誰かに否定して欲しいが悲しいことに太裳と以外誰もいない。
いたとしても否定できなかろう。否定できたらそれこそ奇跡に等しいのだから。

「ねぇ太裳。私と一緒に出仕した?」
「えぇ。ですが、あなたが屋敷を出てすぐに穏行してしまいました」
「・・・・・・・・じゃぁあの不穏な気配も感じた?」
「はい。胸になにかが巻きつくような、そんな感じでしたね」
「太裳が感じたってことはやっぱただごとじゃないか」
「螢斗たちも感じているじゃないですか」

は軽く首を振った。

「力の強い者達ほど探索能力は低いのよ。二人ともいい例だわ」

太裳は少しばかり首を傾げて言った。

「その理論でいきますと、あなたも同じような感じですが?」
「そういわれるとけっこーきつい・・・・・」

太裳はクスクスと笑いながら姿を消した。は溜息をついて、書物をまた片し始めたのだった。
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