「彷徨いだした霊魂がある。探し出して来い」

の額にピキリと青筋が立ったのはその直後のことである。


先祖小野篁に霊魂探しの命を受けて早数刻・・・・・は朱雀大路の中央に仁王立ちしていた。
その堪忍袋の尾が切れそうなのを、傍らに座る鬼二人と物の怪二匹は知っている。

様・・・・・・」
「だってね、緋乃。私のほうにだって言い分はあると思わない?昼はまともに出仕して、晴明がやろうとしないぶんの貴族のぼんくら相手もしてるし、帝には遊ばれるし、夜は冥官の仕事を休まずにやっているのよ?!昨日は珍しく休みを陰陽頭がくれたからゆっくりできると思ったのにぃぃぃぃ!!」

ぎゃーぎゃーと文句を言うを篁が見たら問答無用でその頭をはたくだろう。
緋乃と弓狩は軽く苦笑した。

「・・・・てか、なんで二人がいるの?」

はそこで二人の鬼の気配に気がついたのか背後を振り返った。

様は晴明様の織り成した結界の内にいらっしゃいますから、我らがいなくとも大丈夫でしょう。ですが、様・・・・・己の体のことをわかっておりますか?」

ぎくっとは顔を引き攣らせた。物の怪二匹は溜息をつく。

"お前、月のものがきているだろう"
「いやぁね、別にたいしたことじゃないし・・・・・・」
「太裳ににらまれるのは我らだが?」
「あ〜それはね、私のせいじゃないし」

は視線を泳がせる。

「そんなんだから、篁様も心配なさるのですよ。あまり滅多に姿を見せないので、あなたは知らないでしょうが、雷信たちも案じています」

雷信というのは篁のそばについている禁鬼五人衆の一人だ。確かに滅多に姿を見せない。嫌われているのだろうか。
緋乃にたずねたら、そうではない、という答えが返って来た。

「私たちと違って常に冥府にいる彼らは篁様の命のもと動いていますから・・・・・・ちょうど様が冥府に降りてくるときにいないのですよ」
「むしろこき使われているがな」

喩えると、と翡乃斗、螢斗の関係・・・で、あるらしい。
つまるところはそういうことだ。やはり血は争えない。

「そっか・・・・・・・会ってみたいな」
「そのうち会えますよ」

どことなく和やかに思える会話が交わされているが、その実、彼らの周辺の空気はぴりぴりとしたものだった。

「なんかやな感じだね・・・・・・・」
「少し前に昌浩は百鬼夜行に出会っていたようだ」
「・・・・・・・・・似てる」
「何が?」
「いつぞやの恨鬼と雰囲気というか気配が」

いつぞやというか、あまり昔ではないが・・・・・
だが、何故かはかなり昔のことと考えてしまう。年、ではないはずだ。まだまだ若い。(とは言っても昌浩より五つ以上年上だ)

「で、確か私のもともとの仕事は彷徨いだした魂魄の回収なわけでして・・・・・その肝心の魂魄はどこよーーーー!!」
「探せ」

百鬼夜行が出てきたついでに魂魄が彷徨いだすなんてことありえないのに、とは呟く。
禁鬼たちは僅かに顔をあげた。一瞬遅れて翡乃斗たちが彼らと同じ方向を見る。
はハッとして顔をあげた。

「・・・・・・・・出てきたようね」
「あぁ。だが・・」
"行かないほうが無難だろうな"

は式神を怪訝そうに見やった。禁鬼たちも彼らに同意するようにうなずく。

「いったら後々面倒なことが起きますよ」
「面倒?」
「陰陽生が一人・・・・・それからあの孫か」
「孫言ったの聞かれたら怒られるって」

ぺしぺしと翡乃斗の頭を苦笑しながら叩く。
が、その顔は奇妙に強張っていた。

様?」

緋乃は心配そうに声をかける。はそれに気がつくと軽く微笑んだ。

「問題なさそうだから、別のところに探しに行こうか。こんなとこで敏次と会っても面白くないし」

ふわ、とは欠伸をかみ殺した。軽くふらついたその体をその場に顕現した影が支える。

「・・・・青龍」
「晴明が呼んでいた」
「あぁそっか・・・・・・うん、わかった」
「・・・・・・・・・」

青龍はを肩に担ぐ。
禁鬼と式神は眼を見開いた。当事者は相変わらず眉に皺を寄せている。担がれているは呆然としていた。何が起こっているのかわからないようだ。

「お前たちは残って都の警備を続けろ、とのことだ。こいつは連れて帰る」
「えっ、あの・・・・」

が言葉を紡ぐ前に、翡乃斗たちが疑問を発する前に、青龍は動いていた。
耳元でなる風には身を震わせた。それに気がついた青龍は足を止める。
既に安倍家の近くである。

「晴明が私を呼ぶなんて考えられないんですが・・・・・・」
「・・」
「青龍?」
「晴明はお前を探していた。話があるとかで・・・・・・むしろお前に客人もいる」
「私に?冥府関係で?」
「あぁ」

はしばし考え込んでからうなずいた。

「わかった。帰る」
「ちなみにこれは太裳から言えといわれたが・・・・・・・・最近寝たのはいつだ?」
「えっ寝たの?そうだなぁ・・・・・三日前?」
「お前、太裳に有無を言わさず寝かしつけられるぞ」
「えっなんで?」

青龍は軽く溜息をついた。は首をかしげる。
どこかで叫び声が聞こえていた・・・・・・・のは気のせいだろう。
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