それからしばらくは対したこともなしに時は進んで行った。
ある日のことである。
「、」
「うん?、どしたの」
「今夜、一度冥府に戻るつもりなのですが・・・・・付き合ってもらえませんか?」
「いいよ。若菜さんにこっちの報告もしとかなきゃなって思ったところだから」
「父上には言ってあるので・・・・・では夕餉のあとにお部屋に迎えに行きますわ」
「うん、わかった。待ってるよ」
はに微笑むと昌浩の部屋へむかった。
「昌浩、いますか?」
「姫、どうかした?」
「いえ・・・美味しいお菓子を買ってきたので昌浩に、と思ったのです」
「ありがとう」
はふと昌浩の顔が沈んでいることに気がついた。
はそっと昌浩の頬に手をあてた。昌浩は驚いて顔をあげる。
「どうか・・・しましたか?」
「ううん・・・・・・」
「そう・・・・ですか。あっでも何かあったら遠慮なしに話して下さいね」
「姫・・・・」
「はい、昌浩。食べてください。あっ彰子姫。あなたもどうぞ」
「あっはい」
ちょうど部屋の入り口に来た彰子とともに三人は菓子をつまむ。物の怪ももぐもぐと食べていた。
「おいしいですか?」
「とっても」
「すごくおいしい」
「よかった」
「そういえば、彰子姫。露樹様と市にお買い物へ行かれたと聞きましたが・・・・・」
「えぇ。とても楽しいことばかりでした」
「まぁ・・・・・・・彰子姫は器量よしな姫です。昌浩、幸せですね」
「えっえぇ?」
昌浩はクスクスと笑うに首をかしげながらもお菓子をつまんでいる。
「あの・・・・・失礼だったらごめんなさい。姫には誰かその・・・好きな方はいらっしゃいますか?」
「私?えぇもちろん。好きな、というか・・・・夫ですもの」
「そうなんですか?」
「えぇ。ただ今は仕事で遠国へ行っていますから・・・・少し寂しいですね」
本当は逆なのだが・・・・・・・
「好きなことに変わりはありませんが」
「まぁ素敵!!いいなぁ、私も・・・・・」
「私も??」
「いっいえ・・・・なんでもないんです」
彰子は顔を紅くして俯かせてしまった。は笑みをこぼすと立ち上がった。
「それでは私はこれで」
「どこかに行くの?」
「いえ、部屋に戻るだけですが?」
「そっか」
「あっオレの部屋に行ってもいいか?」
「? 別にかまいませんが」
「もっくん、迷惑かけちゃだめだよ」
「もっくん言うな、まったく」
物の怪はぶつくさ言いながらの肩に乗った。昌浩は慌てておろそうとするがは首を振って大丈夫と言った。
「あなたはとてもふわふわなのね。気持ちいいわ」
「そうだろう」
物の怪は胸を張る。は笑みをこぼすと部屋に物の怪とともに戻った。
物の怪はの部屋に入ると不思議そうに部屋を見回す。
「へぇ・・・こんな部屋もあったのか。知らなかった」
「そうだ、物の怪さん」
「物の怪言うな。俺にはちゃんとした名が・・・・・」
「火将騰蛇?」
「っなんでそれを」
「晴明様から教えていただきました。どうか今のご無礼をお許しください」
「・・・・・・・別にいいさ。何故だかお前を見ているとものすごく懐かしい」
「・・・・・・・不思議ですね。私もですわ」
は優しく物の怪の体を撫でた。物の怪は気持ちよさそうに目を細める。
「騰蛇・・・・・」
「紅蓮・・・・だ。お前には・・・そう・・・・・・」
すぅっと物の怪は眠ってしまった。は物の怪を起こさないように、でもしっかりと抱きしめた。
昔々の話だ。彼がにその名を呼ぶことを許してくれたのは。
「ごめんね・・・・でも私にはあなたの名を呼ぶことは許されていないの・・・・」
夕餉を終えるととは安倍家からそっと抜け出した。二匹の式はお留守番だ。
二人は都のはずれにある古びた邸へとやって来た。ここに冥府へと繋がる井戸があるのだ。
「さてと・・・・よっ」
とは軽く井戸の中へ降りていく。軽い浮遊感のあと、地に足がつく。
目の前を見ればもう既にそこは閻羅王の住居だ。二人は顔を見合わせると足を進めた。
「そういえば・・・夕餉の前なのですが、物の怪が私に二つ名を教えてくれましたのよ」
「へぇ・・・・・そういえば昔はそう呼んでいたんだっけ?」
「えぇ。彼だけでなく、父上から二つ名を貰ったほかの神将も」
「そっか・・・・・・・・記憶を消されても心のどこかでは覚えているんだね」
「・・・・・・・いつか思い出して私のことを責めるのでしょうか」
「ううん。そんなことないと思う。神将なら許してくれるよ」
「・・・・・・・そうですわね」
二人は閻羅王の執務室へとやって来た。二人の姿に気がついた王が軽く笑んだ。
「燎琉様は今どちらに?」
「中庭にいるはずだ」
「ありがとうございます。お仕事中に申し訳ありません」
「」
「うん?」
「お前は少し残ってくれ。話がある」
「わかった」
はをそこに残して中庭に向かった。
そこには愛する夫がいた。
「燎琉様」
「・・・久し振り」
「まだ離れてから数日ですのよ?」
「数日はなれていても寂しいものは寂しいのだよ」
閻羅王太子は優しくを抱き寄せた。
は彼を見上げて微笑む。
「燎琉様ったら・・・・・」
優しい口付けには酔う。燎琉は少し悪戯っぽく笑うとを抱きしめた。
「上の様子は?」
「少しばかり・・・・・何かが起こっているものと思います。それでも何が起こっているのかははっきりとわからないままで」
「そうか・・・・・・」
「燎琉様、先日緋乃と弓狩から怨霊は墓から呼び起こされたと聞きましたが・・・」
「あぁ。大宰府へ流された貴族の怨霊らしい。どうやら藤原一族に恨みを持っているらしくてね」
「まぁ」
はの思い人のことを思いだした。確か彼もまた藤原一族だったはずだ。何もなければいいが・・・・
「気をつけて。今度は本当にただ事ではない気がする。窮奇のときのような妖であればと彼で倒してくれるが、それ以外が相手では君のほうがいささか分が悪い」
「わかっていますわ。それでも私は上に行きます。お止めにはならないでしょう?」
「止めたらきっと君は私のことを嫌いになるんだろうね」
「もちろんですわ」
燎琉は妻の発言に苦笑を漏らした。優しく髪に口付け、微笑む。
「行っておいで。私は言ったはずだよ。君の好きにしていいと」
「はい。では・・・・・」
「」
「はい?」
「どこにいても、君の事を愛しているよ」
「・・・・・・・私もです」
は微笑むと中庭からもとの場所へと戻っていく。閻羅王から既には地上へ戻ったと聞き、挨拶をしてから彼女もまた地上へと戻る。
井戸の縁に腰掛けてがいた。
「、閻羅王との話はなんだったのですか」
「ん〜〜?別になんでもないよ」
「そう・・・」
「帰ろうか」
「はい」
二人は月が銀の光りを落とす中を歩いて行った。
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