は昌浩と物の怪の姿を見かけたために声を掛けようと思って小走りに彼らを追っていった。
昌浩も梓に気がつき片手をあげた。
「昌・・・・・・」
「じゃかあしいわ、この能無しえせ陰陽師っ!」
「あっ」
傍らの翡乃斗が小さく声をあげた。物の怪が見事なまでに華麗な上段回し蹴りをとある陰陽生に決めたのである。
お見事、という呟きがの口から漏れた。
「つーか、。あれ誰だ?」
「今の陰陽生筆頭の藤原敏次だな。あの陰陽生の中で唯一化生の気配だけは感じ取れるらしいよ」
「なるほど」
「昌浩殿、敏次殿」
はニッコリと笑って二人に声を掛けた。
「これはこれは橘殿」
「何をしておられるのですか。まさか・・・・・・昌浩殿に何か・・・・・・?」
の言葉に敏次はなんでもないと首を振った。もちろん先ほど物の怪の回し蹴りを喰らって無様に倒れたことは言わない。
はちゃっかりと見ていたから知っているが・・・
「なんでもないのなら早く仕事に戻りなさい。あぁ昌浩殿、あなたも」
「はっはい」
昌浩は慌てて駆けていく。は敏次に笑顔をむけた。がその目は笑っていない。
「このさいだから言っておきますが、無駄に自分の能力を鼻に掛けないほうがいいと思いますよ。それで自分がどうなっても知りませんからね」
は一息で言い切るとそのままそこを離れた。なんだか結局昌浩に声はかけられなかったが・・・・
軽く溜息をつきつつ、梓は歩く。翡乃斗が傍らでくくく、と笑ったため、軽く足蹴にした。
敏次は何故だか知らないが昌浩のことを嫌っていた。はその話を聞くまでは敏次のことを真面目で努力家な青年だと思っていた。
が昌浩の話を聞いてその評価はいっきにさがった。
「まったく・・・・信じられないね。なんで昌浩を目の仇にするのか」
「まぁ人には我らには考えもつかぬようなことをするからな」
「私も人なんですけど・・・・・」
「お前は別だ。それから晴明も。晴明の場合は人のくくりには入らんだろう」
「まぁね」
はクスリと笑った。そこでちょうど行成と出会う。
「こんにちは、殿」
「ご無沙汰しております、行成様」
「元気そうだね」
「はい・・・・・・・・・行成様、少しお疲れになっているようでは・・・・顔色が」
はそう言って行成の額に手を当てた。彼にわからぬようにそっと霊気を流し込んで彼の疲労をなくす。
行成は気持ちよさそうに目をとじた。
「あぁ・・・・・・すまない。でも大丈夫だよ」
「いえ。行成様はこの国にとっても必要なお方なのですから、少しお体を労わってください」
「・・・・・・・・・・」
「行成様?」
「いや・・・・・なんだか妻のようなことをいうな、と思って」
「なっ・・・・私は男ですよ!」
「わかってはいるんだが・・・・・・時折君が女性に見えて仕方がないんだよ」
「えっ」
は僅かに動きを止めた。行成はそれに気がつかず話を続ける。
「そういえば、姫君はお元気かな、殿?」
「えっ姫君・・・・・・?」
「馬鹿っ!、お前のことだ」
「えっあっ?あぁ、えぇとても。最近は喉の調子がいいとかでよく歌を歌って私の疲れを癒してくれるのですよ」
「そうか、いやなんとも羨ましいね」
は苦笑を漏らした。彼のためならば自分の命を削っても歌うのに、と思っている。
「それじゃぁ私はこれで失礼するよ」
「はい。あっ行成様」
「ん?」
「いつかお暇な時ができたら我が家にいらしてください。きっとも命の恩人に出会えて喜ぶと思いますから」
「あぁ。そうさせてもらうよ」
行成はそう言って歩み去って行った。翡乃斗がを見上げた。
「いいのか・・・・お前、少しでも女の格好をすれば呪いが・・・・」
「うん。いいんだよ」
は軽く物の怪の頭を撫でるとそっと笑んだ。
「少しでもあの人のそばにいることが出来るのならかまわない」
翡乃斗はなにも言わなかった。ただ主の肩に飛び乗ってそっとその頬を舐めたのであった。
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