は息を切らせてそこに立っていた。
篁が驚いた顔でを見ている。

「・・・・・・・・・・篁、お願いがあります。これから来る子供、彼を生き返らせてはもらえないでしょうか」
「・・・・・・同じことを言うな」
「えっ?」
「あの川辺の女も同じことを言った。まだ死ぬには早すぎる。悲しむ人が大勢いると。だから、生き返らせてくれと」
「・・・・・・・」

の瞳が対岸へと向かった。そこにある懐かしい姿。
堪えきれない思いがの胸をついた。

「母様っ!」

がそう叫んだときだった。
声が聞こえたのか対岸にいた女性が振り向く。
のあとを追ってきたと篁はを抑えた。は今にも対岸へ向かいそうである。

「だめ、落ち着いて!」
「母さ・・・・・」

の首に篁が手刀を落として気絶させる。
対岸を見やれば、そこに一人の少年の姿があった。

「昌浩・・・・・・」

紫は小さく呟いた。昌浩は対岸にいた女性と話をしている。紫はそれを見守っている。
腕に抱いたは涙を流していた。

「・・・・・お母さん、なんだね」
「・・・・・」

の母、晴明の妻、若菜。
会いたかったろう。閻羅王族の一人となってから会うこと叶わなかった母なのだから。

「篁・・・・・の咎、私が受けていい?」
「何をいって・・・・・・・せっかく呪いも解けたのに」
「お願い」

篁はの真摯な眼差しを見て顔を曇らせた。
閻羅王太子の妻となったに与えられた一つの禁忌。
それは絶対に境の川へと行ってはいけないということ。そこにはの母がいたからである。
は母が既に死んでいることを知っていた。しかし、川べりに止まっていることまでは知らなかったのである。

「・・・・・・・・・・・わかった。俺から燎流に言っておく」
「お願い」

は対岸へ目を向けた。既に昌浩はに背を向け歩き出していた。

「お行き、昌浩・・・・・まだここに来るのにははやすぎる」

「うん」

は篁とともにをつれ、第一殿へむかった。
燎琉の部屋に入ってみれば彼は水盆で上の様子を見ているところだった。

「燎琉、昌浩は?」
「今目覚めたよ」
「そう・・・・・」
・・・・・・・・」

燎琉は寝台に横たえられたの頬に触れた。

「ばかなことを・・・・・」
「燎琉・・・・・・!!」
「わかっているよ・・・・彼女は心配していたんだ。あの子供のことを」

燎琉の瞳がにむけられた。

「覚悟はいいんだね?」
「うん」
「・・・・・・・・・・・わかった」


「晴明、昌浩」

螢斗と翡乃斗がほっとした風情で洞穴から出てきた彼らに声をかけた。

「無事だったのだな。はどうした?」
「わからん。突然消えてしまったのだ」

勾陳の言葉に二人は顔を見合わせた。
何かある。しかもそれは冥府が関係していることかも・・・・・・
さらには洞穴に入っていったはずの禁鬼たちまで姿がないではないか。

「・・・・・・・・・・」
"道反の封印と巫女はどうなった?宗主は"
「あとでいいか?昌浩を静養させなければいけない」
「ならば風神で帰れ。我らが朋友だ」
「すまない」
「太陰の風では荒っぽいからな」
「なによっ!」
「本当のことだろう」
「ふんっ!」
「やめないか、二人とも」

晴明は魂魄のため青龍と先に帰った。
後に残った勾陳、六合、玄武は螢斗たちの朋友という風神によって山中の庵に運ばれた。
それを見送った二人の天津神は道反の洞穴を見た。

なら冥府にいるぞ」

涼やかな声が二人の背後から聞こえてきた。振り向かなくてもわかる。月読だ。

「輝津薙の焔はどうした」
「戻ってきた。あまり使われてはいなかったから問題なかろう」
「そうか」

二人のほっとしたような安堵の声音に月読は小さな笑みをこぼした。
が、すぐに表情を引き締めて言う。

「安堵してもいられまい。今回の件だけでの封印が何回解けかけたと思う?確実にあれの目覚めが近づいてきている」
「わかっている」
"まだにもはっきりとは言っていない・・・・・"
「怖いか?あれが自分の存在を否定することが」
"いや・・・・・・ならばうなずくだけだろう"
「自分の運命を受け入れられる。しかし我らが受け入れられるかどうか・・・・」

人の身に入った人でなきもの。
神でも妖怪でもない。どの種族にも入ることを許されない禁忌の子供。
哀れだとは思う。だが、彼らも哀れんではいられない。
すべての時が止まってしまう前に、彼女を解放させてやりたかった。

"だが何故だろうな・・・・目覚めてしまえば、お前は戻らないのに・・・・目覚めさせずにはいられない"



その身を捧げた小野の娘。
望まれなかった子供。
運命を変えた狐の血を引く子供。
それらを見守る神々。
まだ、すべてを終らせるには早かった。
26 28
目次