それはまだと昌浩が道反に発ってからしばらくのことであった。

「父様、何をなさっているのですか」

は不思議そうに父晴明の手元を見つめた。
晴明は料紙数十枚を小刀で一辺三寸強の正方形に裂いていた。その中心に模様を書き付ける。

「・・・・・・式?」
「そうじゃ」

晴明のそばに神将はいない。がいるためだ。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・昌浩が、何かを頼んで行ったのですか」
「・・・・・、お前が死ぬ直前のことを覚えているか?」
「えぇ・・・・・・私は父様に随分とひどい頼みごとをしましたね」

"私を知っている者達すべてから私を消してください"

いつのことだったか。燎琉に頼んで夢を見させてもらったとき、は昔の自分の頼みごとを聞いた。
悲しそうな晴明の目を見た。

「私は・・・・・父様を傷つけた。そしてこうしている今も・・・・・」

はそう呟いてからはっとした。

「まさか昌浩も?!」
「・・・・・・・」

晴明は何も言わない。しかし、彼の表情がすべてを物語っていた。
夢で見た、あの悲しい瞳。

「そんな・・・・・・・・」
「何故、そんなことを頼むのか、と思うだろう?昌浩は、、お前と同じ思いをしているのじゃよ」
「私と同じ・・・・」
「何故記憶を消させた?」
「それは・・・・仲良くしてくれた皆が傷つくと思ったから」

母も苦しむだろうから。神将たちの悲しそうな顔は見たくないから。

「あれも同じだ・・・・・誰も悲しませたくない、と」

でもは知っている。晴明だけが覚えているのがどんなに辛いことか。
のことを、昌浩のことを、思い出話として他の誰かと話せないのが辛い。
一人だけ覚えているのが辛い。
燎琉は言った。記憶は人が存在していた証なのだと。それが消えてしまったら、その人が存在していたことがなくなってしまう。
人々から忘れ去られてしまうのだ。

「私が・・・・・屍鬼の引き剥がし方を見つけていれば・・・・」
、自分を責めるでない」
「でも・・・・・それでは彰子姫があんまりです。父様も弟たちも、神将たちも・・・・・・・・・・誰かを傷つけたくないという昌浩の思いが父様を傷つけてしまうのに・・」

必死で探した屍鬼の引き剥がし方。も昌浩も騰蛇も晴明も、誰も辛い思いをしないようにと想いながら探したけれど見つからなかった。
騰蛇を助けたいという思いは一緒だったのに。

「昌浩・・・・・」


晴明は優しくの頭を撫でた。は手に顔をうずめ、泣いている。

「私は・・・・・父様が傷つくのを見ていられません・・・また、父様だけが覚えているのでしょう?」
「・・・・・・・・・・」
「昌浩も私もひどいですね・・・・・・・・」

は涙をふいて立ち上がった。

「一度冥府に戻りますわ。父様・・・・・・・ご無理はなさらないでください」
「心配はいらん」
「父様もご老体なのです。あまり無理をすると青龍が怒りますよ」
「むっ・・・・」
「母様に泣かれますよ」
「むむ・・・・・」
「私も泣きます」
「むむむ・・・・・・・」

は言葉に詰まった晴明を見て小さく笑った。

「では、父上・・・・・・・道反に行かれるのでしたら、あまり無理をなさらないように・・・・」

はそう言うとその場で冥府へと繋がる門を開けて姿を消してしまった。

、ちょうどよかった・・・・・これを見てごらん」

冥府の第一殿にやってきたは燎琉に鬼籍帳を見せられる。
途端の顔が青ざめた。

・・・・・・」
「燎琉様、これは・・・・」
「彼は覚悟を決めたらしい。あの神将を自分の命と引き換えにして取り戻すことを」

は鬼籍帳に書かれたある一つの名を凝視した。
そこにある名

"安倍昌浩"

を。
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