の足音が岩に吸い込まれる。
道反の封印、千引磐の前にいた。と対峙しているのは一人の男である。
「あなたは宗主・・・」
「いかにも・・・・・・・・なんと」
男はぎらつく目をにむけた。
「古き神の血。道反大神のその力よりも遥かに強い・・・・・・天津神の」
「黙れ・・・・・・・」
の瞳が不穏に揺らめいた。狭霧丸が輝く。
「お前が騰蛇を・・・・・・・・・昌浩を傷つけた・・・・私は、許さない!」
宗主にむかっていった刃がはじき返される。
宗主とのあいだに割って入ったのは屍鬼にとり憑かれた騰蛇だ。
「お前か」
「どけ・・・・・・この刃に宿る輝津薙の焔に焼かれたくなければ」
「輝津薙・・・・・・・」
「どけぇぇぇぇぇ!」
の、悲痛な叫びが木霊した。
の命に従って道反から漏れ出す黄泉の瘴気を抑えていた螢斗たちははっとした。
「・・・・・・・・」
呆然とした声が翡乃斗の口から漏れ出す。
自分に何があっても決して持ち場を離れるな。はそう命じて封印のもとにむかっていた。
そして今、その魂と二人を繋ぐ糸が切れた。
「・・・・・・なにがあった・・・・・・・・」
「螢斗、翡乃斗!」
晴明、昌浩、数人の神将が二人の元に走ってきた。
二人がいる洞穴の入り口。ここに入れば黄泉の封印に行ける。
「は?!」
「急げ、晴明、昌浩!!」
"が今、宗主と対峙して・・・・・・・・"
「我らは主の命でここからは動けん。頼む・・・・・・」
"主を・・・・・・を救ってくれ"
騰蛇のために、心を捨てた彼女を。
「わかった」
晴明と神将が脇を通り過ぎる。
「昌浩」
二人は昌浩に声をかけた。昌浩が足を止め、二人をむく。
「己を信じろ。己が見出した道を信じろ」
"はお前にすべてを託した。我らも信じている。お前のことを"
「行け、運命を変える子供よ!」
昌浩はうなずくと晴明たちのあとを追った。
「・・・・・」
螢斗たちは洞穴を見た。
悲しそうな顔で洞穴に入っていった娘の顔が思い出される。
「どうか、無事であってくれ」
洞穴を走っている晴明たちは血の匂いに気がついた。
青龍の顔色が珍しく白くなる。
「・・・・・・・?!」
道の途中でが倒れていた。
真っ白な顔色で、闇色の衣を真っ赤な血で染めて。
青龍が抱き上げるとその体が氷のように冷たいことがわかった。
「!」
「・・・・・・・りゅ・・・・・・」
僅かな声がの口から漏れた。
一同の顔に僅かな安堵の色が漏れる。
「せ・・・・め・・・・・・・・ひろ・・・・」
「、紅蓮はどうした」
の瞳から涙がこぼれた。
「だめ・・・・だった。屍鬼を・・・・・・・・はがせなくて・・・・・・せっかく・・・・・・・冥府から聞いた・・・・・方法を試したのに・・・・・・・」
「なにをした!」
「血を・・・・・私の血を・・・・・・・魔除けになるからと・・・・・」
「あほがっ。それでお前が死んでしまってはどうにもならないだろう」
青龍の叱咤には身を震わせる。
「ごめ・・・・・・」
「宵藍、落ち着け。・・・・して紅蓮はどうした」
「封印のもとに・・・・・行って。とめて・・・・・・・・私じゃ、だめだった・・・・・・・・・」
「・・・・」
「助けたいと願ったのに・・・・・輝津薙の焔ではだめだった・・・・・・・・・・昌浩・・」
「わかった・・・・」
「ごめん・・・・・・・・」
の目が閉じられる。青龍が口元に手を持っていくと僅かながら呼吸が感じられた。
瘴気がを犯さぬよう、結界の中に横たえる。青龍は一度だけその頬を撫でた。
「行くぞ、晴明」
「あぁ」
をその場に残して、晴明たちはさらに奥へとむかう。彼らがむかったすぐあとに、緋乃と弓狩が姿を見せた。
二人ともひどく動揺している。
「何故・・・何故、が血だらけで」
「燎琉・・・・・あいつ、何を教えた・・・」
「様も首を傾げるだけだ。何も教えていないと・・・・」
「恐らく教えたのは燎琉だ。なにをするつもりだかは定かじゃないがな」
二人はいとも簡単に結界からの体を出した。緋乃が口移しで薬湯を飲ませる。
とても強烈なものだ・・・・
の喉が動いた瞬間、彼女は目を覚まして飛び上がった。
「げほっ!げっ・・・・・・」
今まで飲んだ薬湯をすべて吐き出している。さすがに改良を加えたものは苦いらしい。しかし意地でも飲んでもらわなければ困る。
弓狩がを抑え、緋乃が薬湯の入った椀をの口元に当てる。の顔が恐怖で引き攣った。
「飲んでください」
「やだ」
「飲まないと傷口が・・・・ほら、また血が流れ出している」
「いやだ・・・・・・・・あれ?」
ふらりとした頭を抑えてはつぶやいた。血の流しすぎで貧血が起きているのである。
緋乃は好機とばかりにに薬湯を飲ませた。弓狩が今度は吐き出さないようにと口元を押さえる。
はのみ干すしかなかった。
「死ぬ・・・・・・」
「ただの薬湯ですよ」
「・・・・・・緋乃、弓狩・・・・・・・なんでここに」
の問いはもっともである。もともとこの二人の禁鬼はのために燎琉がつけたのである。
守るべきのそばをはなれてこちらに来るとはどういうことなのだろうか。
「様をお守りするように、と様からのお達しです」
「おう。には頭があがらないなぁ・・・・」
しみじみと呟くである。が、はっとして洞穴の奥を見るとそのまま走り出してしまった。
もちろん手に狭霧丸を持って。
緋乃と弓狩は半ば唖然としての背が闇に飲まれるのを見ていたが、気配までが消えたときそれを追いかけた。
「晴明!」
「?!何故、ここに」
結界の中にいたのでは、という晴明の言葉を末まで言わせずは彼の首元に手をやった。
「昌浩は?!」
「封印にむかった」
「わかった!」
の気配が一瞬で消える。晴明と、晴明の前にいた宗主はがいかようにして消えたのかわからなかった。
遅れてやってきた緋乃と弓狩は晴明と宗主に目をむけ、神将に目をむけ、そして消えた。
の足が止まった。
とても強い神気が背後から流れてくる。
「・・・・・六合」
一瞬だけ目を細めてからは正面をむいた。
黄泉の化け物たちがを狙っている。
「私の邪魔立てをするか・・・・・・」
ゆっくりと体から鋭利な霊気が染み出してくる。
衣が、髪が、霊気によって翻る。
「そこをどけぇぇぇぇ!」
振り下ろされた狭霧丸が地にぶつかるとともに、先端から真紅の炎が湧き出し、地をすべり、化け物を焼き尽くした。
は開かれた道を走る。封印の磐とそこにいるであろう、昌浩と騰蛇に会うために。
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