は静かに見守っていた。
昌浩とその前に顕現する高於の神の会話を。
やがて何を思ったか、闇の中から姿を見せた。

「高於」
か・・・・」
「騰蛇は?」
「殺すか、生かすか。すべてはこの子供に」

の目が昌浩をむいた。
大切なものを失った。その悲しみが彼を覆いつくしている。

「昌浩・・・・・」

そっと肩に触れるとびくりと体が揺れた。

「あなたの思うとおりに進めばいい。私も晴明も何も言わない」
・・・・・」
「私はあなたを信じているわ。昌浩、思うままにいきなさい」

昌浩はその後勾陳に連れられ貴船から屋敷へと戻って行った。
高於はそれを見送るの背を見ていた。

「・・・・・・・」
「・・・・・・・・」

互いに何も云わない。
やがては結っていた髪をほどいた。
背に流れる髪の色は紅に輝いていた。否、紅の中に僅かだが銀が混ざっているのだ。
そして高於をむいた瞳は青磁色。

「覚醒したか・・・・」
「知ってはならないことが世の中にはあるものだね、高於」
「辛いか?」
「ううん」

なんともないとは首を振った。

「母と父が誰だか知ったか」
「そこまではさすがに。でも私がどの種族の枠にも当てはまらないことがわかった。月読と天照になんであそこまで溺愛されていたのかも」

人ではないんだね、とは小さくつぶやいた。
船岩から降りた高於の神はの頭に手を置いた。

「私は・・・・・皆とは違うんだね」

高於は肯定もしなかったし、否定もしなかった。
ただ静かにの頭の撫でていた。

「辛いか?」
「・・・・・・」

は首を振った。俯かせたその顔から雫から零れ落ちていく。

「母を、父を恨むか?」
「恨まない・・・・」
「・・・・・・それを聞けば二人ともほっとする。生んでよかったと」
「でも・・でも私は一人だ・・・小野と橘のつながりがなくなった。私は・・・・・・冥官には相応しくない」
「川辺の冥官も閻羅王太子もそうは考えないだろう」
「でも私は人の血を一滴も引いていない。私は・・・・・・人じゃない」

高於は小さく息を吐き出した。

「お前は確かに人だ。その器はな」
「えっ?」

は怪訝そうに高於を見やった。云われた意味が理解できない。

「昔語りをしようか」

そう言って高於が話し始めたのは種族の違いを超え、愛し合った恋人達の話だった。
二人の間にできた子は両親の種族に入ること叶わず、人の体にはいって生きていくことになった。
それが1000年以上も前のことであった。

「その子供は今?」
「さぁな。私のもとに姿を見せてはいないからな。どこぞで飄々と生きているだろうさ。あれはそういうやつだったから」
「そっか、元気にしているといいね」
「そうだな」

は小さく笑うと高於を見た。

「戻るね。ごめん、心配かけて」
「いや・・・・・・」

は暗闇の中へ姿を溶け込ませた。
高於の神は頭上の月を見上げた。

「輝津薙も氷珱も、お前のことをいつだって見守っている・・・・・」

決してその姿を見せたり、親だと言うことはできないけれど。
彼らは必ずのそばにいるのだ。
己らが犯した罪を償うべく、星宿を歪めてしまった人の子への謝りとともに。

「なぁ天照、月読。お前たちは、あの神と妖狐の子供をどうしたい?」

高於は高天原の二人に問いかける。答えが返ってくるはずもないのに。

「神は万能ではない・・・・・・の言葉のままだな」


星を曲げることを許されるのならば
私はあなたのために星を曲げたい
すべてをゆがめることを許されるのならば
私はあなたを守るために神を殺す
神を殺し、星をゆがめ、血で染まった道を歩こうとも
私はただあなたのためだけに
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